声の広場

更新情報

定年

年金に感謝

海外旅行は勿論のこと、観光地やゴルフ場などに行くと、高齢者で満ち溢れている。大部分、年金生活者の感じだが、彼等の楽しそうな姿を見ていると、改めて、年金制度の有難さを痛感する。参議院選挙が近つき、「失われた年金」が、クローズ・アップされ、社会保険庁が矢面に立たされているが、与野党共に、年金を、目先の政争の具にすることなく、この機会に、年金を、少し長い目で見て、その本質を再吟味し、確りした制度を構築してもらいたい。適切な管理、国営か民間か、規模の大小、財源の確保、資産運用など課題は多いが、年金は、国民生活には不可欠の制度であり、政治家にとっては、党派を超えて解決すべき最大のテーマである。よく検討して「角を矯めて牛を殺さない」ようにして欲しい。 (2007/7/25)

悟りの境地とは

70歳も半ばになると、何かといえば「死」の話が多くなる。
先日、S氏からメールがあり「極めて元気ですが、75歳の平均寿命は10.5年なので、人生最後の準備をする時期だと思っています。人生は、意義も価値もなく、死ぬまでの暇つぶしだと言う人がいますが、尤もだと思います。事実、周りにも平凡な生活をしている人が多いです。今、大切なことは、死と、どう立向かで、この問題と取り組んでいます」と言う。
偶々、2、3日前に同窓会があり、G氏とT氏からも死の話を聞いた。G氏は、最近、四国八十八ヵ所を巡り、最後に高野山参りをして満願し、瀬戸内寂聴の「人間は生まれた時、既に、死ぬ運命にある」と言う文章を読んで、死を悟ったと言う。T氏は、肺ガンの疑いで精密検査を受け、死ぬほど苦しい思いをした結果、死は超越したと言う。
私は、3度のガンで死に直面し、その都度、死の問題に悩み、ある程度、死生観を確立したつもりでいたが、今なお、3人の友達のように悟り切れず悩み続けている。 3人に、悟りの境地を聞きたいものである。 (2007/4/5)

スローライフ

先日、孫にせがまれて「回転寿し」を食べに行った。孫が、次々、取れと言うので、皿を取っていると目が回ってきた。世の中、スローライフを推奨しているが、寿しだけでなく、ゴルフ練習場のボールの自動セッターやエスカレーター等も同じで、人が機械に動かされており、スローライフとは逆行して気忙しい。 丁度、団塊の世代の定年退職が迫り、スローライフは、社会的にも個人的にも問題となっているので、この機会に、退職者の先輩として、スローライフについて、個人的な体験を話したい。
スローライフには、「気持ちの整理」と「小まめな実行」が必要なように思う。前者は、まず、定年は「第二の人生」ではなく、人生の本来のスタートと前向きに考えること、次に、会社の縦組織の一員と言う意識を捨て、肩書きのない素浪人と割り切ること、そして、趣味を同じくする人の輪を広げるよう心掛けること等である。後者は、健康、経済、教養、気力などが欠かせないが、先ず、健康は水泳や散歩で解決する。次に、教養は読書や趣味でカバーし、経済は、蓄えの範囲内で倹約して生活すれば足りる。最大の問題は気力で、「勤勉な」サラリーマン意識を忘れて、平凡人になりきり、形振り構わず、積極的に、何事も小まめに実行する事である。定年後、別の仕事に就く人、趣味に生きる人、ぶらぶらする人など、夫々あるが、気持ちだけは「ゆとり」を持って、朗らかにすれば、輝かしい未来があるように思う。 (2007/1/10)

定年後の健康法

年を取ると、安い会費で集って、昔話に花を咲かすことが多い。 今日は、定年退職者で、大学OBの同年会があり、平均年齢70歳の11名が集った。皆、矍鑠としていたので「健康法」を聞いたところ、納得できる回答を得た。健康法として、雑談、読書、旅行などは共通しているが、散歩、アソレチック、水泳、テニス、ゴルフなどが多く、ボラティア、太極拳、ペット、短歌、外国語会話、茶道、謡曲、女性、酒、介護など多彩であった。ただ、殆ど全員が、ガン、前立腺、脳梗塞などの病気の体験者で、主治医を持ち、食ベ物に気を配り、人間ドックを受けて、健康に気を使っている。そして、異口同音に、最高の健康法は、ストレスを回避する事で、夫婦円満は前提であると言う。(2006/12/26)

サボリの効用

会社に勤めていた時、「定年後は暇になるので、趣味を持つように」教えられたが、私は、定年後、10年になるが、毎日が楽しく、未だに、ばたばたしている。考えてみると、定年後の生活は、個人の性格に左右され、几帳面で、満点主義で、何時も忙しいと言う人は、定年後の時間つぶしに困り、老人会や習い事に汲々としている。反対に、大まかで、重点主義で、気持ちに余裕のある人は、定年を待ち焦がれて、好き勝手な事をするので、定年後は悠々と過ごしているような気がする。 私は、在職中は、どんなことでも自分の仕事だと決めていたので、忙しいと思ったことはなく、常に、気分的に余裕を持ち、濃淡をつけて仕事をこなしてきた。そして、時には、要領よく立ち回り、サボリながら仕事をしてきたが、このクセが、定年後、大いに役立ったように思う。「サボル」のは、真面目な人には難しいが、定年後、暇つぶしに困って「うつ」になるよりはマシで、会社にいる間に、心掛けておく価値はあるように思う。要は、定年後は神経質にならずに、気分的に「ゆとり」を持ち、マイベースで生活したいものである。

定年後の夢の棲家

最近、サラリーマンは、定年後、海外移住や田舎生活を希望する人が多く、知人にも、既に、夢を実現している人もある。しかし、私は、海外移住は勇気がなくて出来ず、田舎生活は、昔の不便な生活を思い出し、やる気がしない。都会には、本物の皇居、国会議事堂、東京大学、美術館、東京ドーム等あり、実物の政財界人、医者、俳優、スポーツ選手等に会うこと出来る。人車が多く、物価が高く、健康にもよくないが、不便な田舎生活よりはマシである。考えてみると、都会に住み、時々、地方へ旅行をする今の生活が、一番良いのかもしれない。ただ、夢としては、都会に本拠を構え、北海道に夏の家、沖縄に冬の家を持つことである。一介の年金生活では無理だが、何人かの同好の志が集れば可能かもしれないと「夢」をみている。(2006/11/23)

定年後の夫より一言

「夫が定年」、じっくり読ませて頂きました。「熟年離婚」、「定年認知症」など噂が先行するので、多少、不安かも知れませんが、余り定年を意識されずに「今まで通りの生活」でよいと思います。サラリーマン体験者としての私は、元々、資産がなく、臆病で、自立が出来ないために、30年間、働いて金を稼ぎ、家庭を持ち、子供を教育し、家を建て、定年後の蓄えををして、定年を迎えました。そして定年こそ、待ち焦がれた「第二の人生」のスタートと思っています。私は、「第一の人生」は、「第二の人生」の「出稼ぎ期間」であり、「第二の人生」こそ、生き甲斐だと割り切っています。妻は、「大きなゴミが増えた」とか「食事を作るのが大変」とか「鑑定士の資格が勿体ない。小使い稼ぎをして欲しい」と、冗談交じりに愚痴を言鵜事がありますが、私は、一切気にしていません。私としては、定年後は、自由を満喫し、健康に留意しながら、古典を読み、パソコン、絵画、川柳、旅行、水泳、ゴルフ、OB会、代わった所では「手製の本作り」と何でも手を出し、自然体で、心豊かな生活をしています。しかし、何と言っても、妻と二人の時間が最高で、妻との旅行、ゴルフ・ゴルフ等が至福の時間です。何はともあれ、互いに干渉せずに、朗らかに、前向きに生活するように心掛けています。定年後の夫の立場から、勝手なことを書きましたが、何かの参考になればと思います。

夫が定年

長年会社勤めをしていた夫がいよいよ定年退職します。子供が小さいころは家族で転勤先へ、北海道にも行きました。子供が大きくなってからは単身赴任と本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう。 でも、毎日朝から晩まで夫婦で過ごす毎日を考えると不安です。そう思っていたら、再雇用の制度ができたそうです。しかし、夫は同じ仕事、同じ責任で、給料だけが減る仕事になんとなく乗り気でなさそうです。 若い頃は定年後は少しゆっくりして好きなことをしてほしい、夫婦で旅行もしてみたい、実家近くに小さな家でも建てて晴耕雨読の毎日もよいかなと考えていました。あっという間の30数年間、お互いに外見はかわりましたが、私には定年という実感がなく、今まで通りの生活がしたいと思ってしまいます。案外一日中一緒にいたら楽しいのでしょうか。(2006/11/18)

毎日が楽しいゴールドコースト

定年退職後、オーストラリアゴールドコーストでセカンドライフを楽しく過ごされている 藪田さんのブログです。


日本の企業

接待贈答

防衛省の守屋前次官の贈収賄事件を見て、時代劇で、巡察史が、悪代官の収賄を懲らしめる場面と重なり、何事も、度を越すのは良くないと思った。昔は、官庁も民間も、社会常識として、ある程度の接待や贈答はしていた。私が勤めていた金融機関でも、社内にMOF担当がいて、監督官庁の大蔵省と、ほどほどの付き合いをし、特に、2,3年間隔で行われる大蔵省検査の時には、偽名で、検査官をゴルフに招待し、温泉場のストリップに案内し、女性下着メーカーの工場見学をして、土産に奥様のネグリッジェを貰って、慰労する程度のことはしてした。警察はもっと激しく、友人の警察官僚は、贈答、接待、歓送迎など驚くほど派手であった。偶々、私は、会社の発注部門にいたが、年に、数回のゴルフや食事の招待を受け、盆暮れに300個ぐらいの贈答品を貰っていたが、会社の付き合いとして、当たり前と思っていた。守屋前次官の逮捕を聞いて、戦々恐々としている社会もあると思うが、次官は度は越して、目に余るものがあるが、何時の時代でも、ある程度の接待や贈答は、社会の潤滑油として今後とも残したい。(2007/12/15)

「吉兆」までも

最近、「衣食住」全てが、欺瞞に満ちて信じるものがなくなってきた。「衣」は、偽ブランド品、「住」は、耐震偽装や鉄筋不足、「食」は、期限買い替え、食材の嘘等、商業道徳は地に落ちてしまった。ここに来て、船場の老舗「吉兆」までが、信じ難い違反をして世間は大混乱している。「吉兆」の場合、責任は、全て、三代目の経営者にあるが、底流には、苦労を知らぬ後継者、世間の儲け主義、市民のブランド品志向等にも一因があるような気がする。「吉兆」までが、世間を欺いたのだから、後ろめたい店は、他にもあるはずである。「吉兆」の包装紙があれば、どこの牛でも同じで、味も判らずに、飛びつき買いをする。今度は、ミッシェランが、東京で、レストランの格付けをし、ブランド狂想曲を煽っている。今日は、また、「白い恋人」が再販開始され、札幌は大騒ぎをしている。良いも悪いも、国民性かもしれないが、もう少し冷静になれないものかと思う。結局、売る側と買う側、個々の自覚に待つほかはないが、長い目で見て、公徳心教育が必要なような気がする。関係者の一考をお願いしたい。 (2007/11/24)

営業と接待

防衛省の守屋前次官と防衛商社「山田洋行」の接待と利得斡旋の問題で、政界が大混乱している。防衛疑獄、贈収賄、利得供与、税金浪費など政治的な問題は別として、私が、興味を持ったのは、営業の本質は、古今東西、「接待」であると言う事である。私は、10数年前、商品知識もなく、接待で営業成績を上げ、以来、何か悪いことをしたと忸怩たる思いでいたが、今回の騒ぎで肩の荷が下りたような気がした。考えてみれば、よく似た製品を、よく似た価格で売買するのだから、接待は、営業にとって必要悪だと納得したのである。驚いたのは、自衛官上がりの宮崎元専務の営業手腕で、守屋前次官を、ゴルフ、会食、麻雀、贈答等で接待攻めにして、抜群の営業成績を上げたことである。宮崎元専務や守屋前次官のやり方は、そのまま参考にすべきではないが、営業に携る人は、営業の本質は、接待による人間関係作りにある事を知っておく方が良いように思う。蛇足ながら、私は、自分の経験から、偽名接待は当然で、年、50回のゴルフ、200万円の経費などは、少な過ぎる気がしている。悪の薦めになるかも知れないが、常識的な接待は、社会の潤滑油として残して欲しい。 (2007/11/24)

先の見えた過剰投資

大会社が、好業績を見越して、また、過大な設備投資を始めている。2,3年すれば、過当競争で業績が悪化する事は見え透いているが、何故、火中の栗を拾うのだろう。P社は、テレビ部品が時流に乗って、世界のトップ・シェアー争いをし、調子に乗って大工場建設を始め、本社を高層ビルに移転する計画もある。しかし、主力製品が単品なので、一度、値崩れすると、経営基盤を揺るがし兼ねない。M社も、好業績に酔って、高炉建設を計画しているが、完成する頃には、世界的な過剰設備は明らかであり、向こう見ずな投資である。2社以外にも、派手な設備投資をする会社は多い。少し冷静になれば、無理な投資であることは判るが、トップは短期間で代るので、目先の好業績のみを見て自ら墓穴を掘る。もっと、長期的な視点から、モノを見たいものである。老人の戯言であれば良いが・・・。 (2007/11/7)

NOVAの破綻

現在、企業のチエーン展開は、当たり前になっているが、戦後、アメリカから、レンターカーやホテル・チエーンが導入され、「本部会社が、グループのブランドとノウハウを管理し、各地の店主に経営指導して、グループ全体の拡大を計る組織で、本部会社は資金負担が軽く、各地の店主は営業をするだけで、双方にメリットがある」と言宣伝したが、当初、わが国では、そんなピンハネ商売が成り立つのかと奇異に目で見た。しかし、その後、大成功し現在に至っている。古い話を持ち出したのは、先日、破綻したNOVAの事に関連がある。NOVA破綻の主因は、ワンマン社長が、人材や資金を無視して、全国展開を計ったためであるが、それ以外にも、経営形態にも無理があった。会話学校は、元々「塾」程度の規模で運営すべきものを、一社で全国展開を計ったために、動脈硬化になって、行き詰まったのである。最初から、チエーン展開をしておれば、生徒も講師も関係者も、大混乱にならなかったはずで、今後は、経営者も塾生も、人気だけに捉われずに、慎重に対応したい。 (2007/11/3)

名門会社の偽装

ニチアス(株)が、耐火偽装した建材を販売し大問題になっている。何故、名門の大会社が、こんな悪質な偽装をしたのか不可解である。偽装材を使った建築物が、全て駄目ではないが、放火罪に匹敵する重大犯罪である。しかも、会社ぐるみの仕業であり、トップが頭を下げ、改修工事をするだけでは済まない悪質な行為である。先の耐震偽装にしても、今回の建材偽装にしても狂気の沙汰である。当局は、二度とこのような事件が起らないように、即刻、ニチアスを厳罰に処して、業界の浄化を計って欲しい。しかし、続いて、東洋ゴムが、建材で同じトラブルを犯しており、この分なら、他の資材会社にも偽装建材があると疑いたくなる。名門会社でも、一度、信用失墜すれば、元も子もなくなるので、社会を欺くような好意は止めて欲しい。青少年の教育にも背を向けることになる。 (2007/11/3)

観光開発のヒント

ドライブがてら、丹波篠山へ紅葉狩りに行った。古い城下街ではあるが、山間の鄙びた田舎町で、紅葉には早く、目ぼしい観光施設やレジャーランドもないので、期待はしていなかったが、現地は観光客でごった返していた。不思議に思いながら、古い町並みを縫って、篠山城址、武家屋敷、商家群、美術館、菊花展などを一巡したが、活気があり、途中で、篠山は、観光地の成功例のような気がした。市では、箱物投資をせずに、人を動員し、地元産の黒豆や栗を大々的に宣伝して、観光客を呼び込んでいた。何だか故郷の祭りに帰った感じで、心が和み、また、来てみたいと思った。地方都市では、観光開発の失敗例が多いが、篠山は参考になるように思う。 (2007/11/1)

求人難

年寄りの思い過しを一言、メモしておきたい。最近、「就職難」から「求人難」になったと聞くが、経営者は、また、過去の愚を繰り返し、人や設備の過大投資をして、販売競争をし、景気後退を招き始めたような気がする。子供の頃、農家が、豊作で、過剰野菜を川に捨てるのを見て、馬鹿な事をすると思ったが、後日、大会社でも、農家と同じように無節操な事をを知り、大いに失望したことがある。経営者は、景気が少し上向くと、設備投資や採用人員を増やして、過剰生産をし、販売競争で業績不振になると、今度は、人員整理や設備破棄をして、合理かを計るので、会社は常に大きな浮沈を繰り返している。自由経済は、無駄が多いが、経営者は、少し工夫して、タイミングよく設備投資や人員採用をすれば、経営は安定し、景気の落ち込みは少なくなるはずである。ここの所、実感のない好景気が続き、団塊の世代の多量退職もあって、経営者は、新卒の採用競争を再開して、「求人難」になっていると言うが、また、不毛な競争が始まり、景気下降が近い予感がする。出来る事なれば、ここで、経営者は、付和雷同せずに、過剰な設備投資や新規採用を抑えて、生産性アップで切り抜け、次の景気下降期には、これまでと反対に、人と設備を積極的に強化して、次の上昇期に対応すれば、会社も社会も、万々歳となるように思う。 (2007/10/15)

名物の災難

今度は、伊勢名物の「赤福」が、製造日の偽造でトラブルを起している。社長は、悪意はなかったと言うが、どうみても規則違反であり、食品は、信用第一だから、謙虚に反省して早急に改善してもらいたい。赤福は、見た目は美しく、長期間、腐敗する気はしないし、味の変化もないように思う。現に、赤福で、食中毒になった事例は聞かない。寧ろ、手作業の製造工程と防腐剤混入による衛生上の問題が気になるので、この面の改善を希望する。いずれにしても、製造日や賞味期限は曖昧なので、行政は、もっと判りやすい基準を示して欲しい。「名物に美味いものなし」と言うが、赤福は、数少ない例外であり、一寸した行き違いで、元も子もなくさないようにしたい。 (2007/10/5)

ベンツの真似

トヨダ自が、世界一になったことを知り、喜んでいるが、自動車業界については、予てから気になっている点がある。それは、業界が、恥も外聞も無く、ベンツの真似をすることである。ベンツが、外観のスタイルを変えると、日本の自動車は直ぐに後追いして、ベンツ・スタイルになる。最近の例では、三菱自動車の小型車が、ベンツの「スマート」そっくりのものを出して、堂々と販売している。自動車各社は、ベンツとスタイル使用の提携しているのかもしれないが、提携関係が無いとすれば、恥ずかしくなる。論文、小説、絵画などでは、盗作や真似が問題となり、時には犯罪になるが、自動車業界は、無神経過ぎるような気がする。日本の自動車業界も、販売台数だけでなく、名実共に世界一になり、外国の自動車会社が、真似をするような車を造って欲しい。 (2007/10/5)

「熱湯経営」樋口武雄

大和ハウスの樋口会長が書いた「熱湯経営」を頂いた。目新しいタイトルで、本文でも、大組織病、横串、能動的人事管理、音叉共鳴、人間力など独自の「造語」を駆使し、会社経営を実証的に判り易く説明している。昔流に言えば「猛烈経営」であるが、教えられる点が多く、タガの緩んだ現在社会では各階層の人に参考になると思う。周知の通り、大和ハウスは、カリスマ性を持つ石橋信夫相談役が、一代で築き上げた大会社で、合理的な「がむしゃら経営」で有名であり、樋口会長は、石橋相談役の秘蔵っ子として、会長の経営方針を引き継いで会社を発展させた。思えば、バブル時代、ダイエー、三光汽船、来島ドックなど、カリスマ社長の猛烈経営で急拡大したが、無理が祟って、倒産した歴史があり、この中で、大和ハウスの石橋相談役は、バブル崩壊の大波を潜り抜け、樋口会長がリレーしたが、「熱湯経営」は、この間の経営を詳述したもので、人生の指針としても一読の価値がある。なお、成熟会社を引き継いだ村上社長の今後の展開も大いに興味がある。 (2007/10/5)

嫌な上司

サラリーマン生活40年を振り返ると、記憶に残る上司は、不思議なことに、苛められた人が多い。私の場合、部門は違うが、M係長、T課長、O部長の3人には、事ある毎に意地悪をされ、理不尽な仕打ちを受けて、何度も会社を辞めようかと思った。M係長とT課長は、学歴の僻みから、陰で悪口を言われ、徹底的に差別待遇を受けた。O部長は、大学院卒を鼻にかけて、組織としては理不尽な振舞いをし、よく尻拭いをさせられた。こんな上司に限って、部下には威張り、上司には胡麻を掏ったが、そんな態度を見る度に、サラリーマンの悲哀を感じた。しかし、面倒見の良い上司もあり、一方、自分も、年をとるにつれて冷静になりって、嫌な上司を反面教師と考え、部下の目から見て、嫌な上司の愚を繰りかえさないように努力した。不思議なもので、今考えれば、苛められた上司や悪意のある上司の方が、自分のためになったのかもしれないと思う。M係長、T課長、O部長に感謝したい。 (2007/9/3)

ゴルフで、会社を首になる

バブルが弾けて以来、世の中、あらゆる面で余裕がなく、会社の経営も、窮屈で潤いがなくなり、役職員共に萎縮している。振り返ってみて、私は、10年ばかり前にサラリーマン生活を終え、幸運であったと胸を撫で下ろしている。思えば、東京で営業担当をした4年間、毎年、100回の接待ゴルフをし、日替わりで、一流企業の役員を、小金井カントリーや久邇カントリー等の名門ゴルフ場に送り迎えして、豪華な賞品をつけて接待した。自分も含め、1回、4名で、20万円、年間、2000万円の出費となったが、営業成績は抜群で、当時は、本部も積極的に支援してくれた。不思議だったのは、企業の役職員は、接待の声をかけると、ウイークデイでも喜んでゴルフに来てくれたことで、お陰で、著名な方と知己となり、営業だけでなく、多方面に亘って得るところが多かった。今から思えば夢物語である。しかし、バブルが弾けると、徐々に統制が厳しくなり、窮屈になって、ある時からは、会社も招待企業も、ウークデイのゴルフは悪として禁じ、私は、ゴルフで金を使いすぎて、営業担当を頸になった。 会社のご都合主義もよいが、当然ながら、営業活動は沈静化し、企業業績は悪化して、長い不況に陥った。清水に魚は住まず! 最近、会社に限らず政界や官界でも、締め付けと清潔感が吹き荒れているが、重箱の隅を突いて、小さな塵を見つける様な事はせずに、少しは大人になって、余裕のある行動をして欲しいものである。 (2007/9/1)

領収書と良心

政治とカネが問題になっている。カネは、人間の性で、他人の金でも、一度、手にすれば、自分のものと勘違いし、公私混同して無駄使いをする。このため、公的なカネを使う場合には、領収書を取って証拠品とするが、これは、人間に対する侮辱である。カネを使う側に良心があり、出す側に信頼があれば、領収書は不要である。領収書は簡単に偽造できるし、正当なモノでも、額面の1、2割程度で買うこと出来るので、カネを使う側に良心がなければ、領収書を取るのが、5万円以上でも1万円以上でも同じである。少なくとも、現下の日本では、事務の煩瑣を理由として、領収書の添付を逃げることなく、他人のカネを使う以上、どんなに少なくても領収書は取り寄せるべきである。希望としては、1日も早く、領収書の不要な社会が来ることを期待したい。 (2007/7/16)

鶴の翼

昔、不安な気持ちで海外旅行をしている時、外国の飛行場で、各国のマークを付けた飛行機の中に、日本航空の赤い鶴のマークを見ると、地獄で仏に会ったようにほっとした。当時、日本航空は、世界一安全な航空会社として評判が高く、国民の信頼も厚くて、学生の就職先としては、毎年、トップの座にあった。当時から、半官半民、官僚的で、強い労働組合が幾つもあり、硬直的である点は指摘されていたが、パイロットやスチュワーデスは、高給でスマートであり、学生の憧れの的であった。その後、日本航空は、業界の競争激化、原油高、パイロット不足等に悩まされて、TDAを合併して規模の拡大を計ったが、労務、人事面のアンバランスから、トラブルが多発し、過去の栄光を失い、ガタガタの状態である。当然の事ながら、日航の役職員は、必死になって合理化に努めているが、建て直しには、時間、金、人、忍耐などが必要である。島国としては、将来とも、安全な飛行機は不可欠であり、是非とも、国も、財界も、金融機関も、再び「鶴の翼」が、世界の空を羽ばたくように支援して欲しい。 (2007/7/1)

合併の功罪

企業のM&Aが急増している。「物」の面だけを見れば、企業の規模拡大は簡単であるが、「人」の面を考えると、非常に厄介で、長期間、トラブルが続くことがある。古くは、三和銀行やユニチカ等が、合併の負を引きずったが、最近では、東京三菱UFJ銀行やJAL等が、合併の欠点を曝け出している。合併後、全役職員が、完全に融合し、新しい会社になるには、1世代、待たねばならない。合併して、何時までも、千鳥掛けの人事が湯づくようでは、1+1=2以下となり、逆効果となる。目先の「黒船」に怯えて、ばたばた合併するのは考えもので、特に、対等合併は、中途半端で、内部の混乱を増し、トラブルを長引かせるだけである。進駐軍と同じで、合併するなら、吸収合併の方がすっきりする。経営者は、いろいろ考えていると思うが、M&Aには慎重を期して欲しい。
M&A
(1)買収(株式取得 株式譲渡 新株引受 株式交換)
(2)事業譲渡(全部譲渡、一部譲渡) 
(3)合併(新設合併、吸収合併)  

5月病

最近は、余り耳にしなくなったが、5月病の時期である。新入社員や新入生は、故郷が恋しくなり、仕事や勉強に幻滅を感じ、新しい環境にも慣れず、将来を悲観し、進路変更を考え始め、精神的にも肉体的にも不調を来たす時期である。当人は、自分だけの悩みと思うが、多かれ少なかれ、皆、体験することである。5月病には、明確な症状はないが、環境が変わって暫くたった頃、ホームシックになり、会社や学校が嫌になると、5月病と考えて、故郷へ電話し、先輩や同僚と相談して乗り切って欲しい。自由社会だから、進路変更は自由であるが、もう少し経験を積んだ上で、必要であれば、再検をするのが賢明である。

企業の目的

最近、企業の社会的責任が(CRS)、大きく取り上げられているが、あくまでも、企業の第一目的は、利益の追求にあることを再確認しておきたい。企業は、利益を上げて、株主、従業員、顧客、銀行、取引先、協力業者などに還元して、初めて存在意義があり、ひいては、社会貢献につながると言える。企業の社会的責任は、今に始まったことではなく、何時の時代にもあったもので、利益追求と社会貢献は、単純な二者択一ではなく、相対的な問題である。企業は、まず、利益を挙げた上で、社会に貢献すべきで、経営者も、従業員も、関係者も、本末を転倒しないようにしたい。

大塚家具

大塚家具は、東京の有明にある家具会社で、創業1969年、同族経営、年商700億円、高収益、従業員700名で、業界首位にある。家具は、生活必需品とは言え、「空気を運ぶ産業」と言われ、効率は悪く、小規模の会社が多い中で、大塚家具は異色であり、同族経営ながら、創業以来、順調に業容を拡大し、確固たる基盤を確立している。その秘密を探るため、会社を訪問し、展示を見て、経営者に面談してみると、一挙に謎が解けたような気がした。ポイントは、創業者の大塚勝久社長の慧眼にあった。商品は、ブランド力の強い高級品や輸入品に絞り、仕入れは、現金に徹してコストダウンをはかり、販売網は、都心に超大型店舗を展開し、見本市やホテルの展示場も使って、家具業界では見られない奇抜な大店舗を創った。販売手法では、婚礼セットや割引などは他社並みであるが、特に、法人や高所得者向けに注力して成功している。その他、創業時、千葉の一家具屋から出発し、一流の銀行、生保、証券会社の協力を得て、信用力を増し、上場を果たして、資金を潤沢にし、大型の店舗展開、商品仕入れ、販売網の強化を図り、成功しているが、全て、社長の経営判断にあった。
会社を評価する場合、同族経営や家具業界など皮相な見方ではなく、各社の強みを探りたいものである。(2007/5/21)


会社の不況抵抗力

長い不況が続くと、倒産する会社が多くなりますが、「不況抵抗力」のある会社は、悪環境を克服して業容を拡大しています。一般的に、会社の不況抵抗力は、経営者の資質、高度の技術力、商品のブランド力、強力な生産販売力、銀行との強いパイプ、高い資産価値などが挙げられ、これ等の特長を持つ会社は、不況が長く続いても、経営資源を活用して、不況を乗り切るが出来ます。今をときめくトヨダや松下なども、苦しい時期があったが、有能な人的資源、強力なブランド力、膨大な株式や遊休地、優れた技術力などを活用して、不況を切り抜けています。特に、赤字続きの会社でも、銀行と強いパイプのある会社は、融資を受けて生き永らえています。このように、会社を評価する場合には、表面を見るだけでなく、万一の場合を考えて、「不況抵抗力」もチエックしたいものです。(2007/4/10)

会社の生死

会社は、法律によって「人格」を与えられ、人と同じように権利を持ち、義務を負って社会的な活動をし、生死もありますが、人と違う点は、条件次第で、永久に生き続ける事が出来る事です。
会社は、ヒト、モノ、カネによって構成され、利益を追求する組織と言われますが、具体的には、会社は、経営者(ヒト)が、銀行や株主からカネを集めて、従業員(ヒト)を雇い、工場を建設し、材料を購入して、製品(モノ)を造り、販売して、利益(カネ)を挙げるシステムです。
この循環が上手く行くと、トヨタやキャノンのように成長し続けますが、乱れてくると、カネボウやダイエーのように潰れることがあります。会社の生死は、経営力、金融力、技術力、生産力、商品力、ブランド力、販売力、信用力等の差によりますが、基本的には、ヒトの問題で、会社の信用や魅力が大きくモノを言います。現に、京福電鉄や関西汽船のように赤字続きの会社でも、何か魅力があれば、関連企業の支援を得て、潰れずに生き続けています。
ここが、人と会社の違う点で、就職や投融資に当たっては、会社の表面を見るだけでなく、会社の生命力も慎重に見極めたいものです。(2007/4/10)

入社おめでとう

新入社員の皆さん、おめでとう御座います。
櫻と共に入社日が迫り、期待と不安の入り混じってた毎日だと思います。古い話ですが、何か参考になればと思い、私の入社時の戸惑いと対応をメモします。出社して、一番、戸惑ったのは、会社の人から「一人前の社会人」として扱かわれることで、学生時代に比べて、丁寧に応対され、何だか慇懃無礼な気がします。入社式では、社長から高邁な演説があり、記念品を貰って、少し感激し、社会人としての自己責任を感じ始めます。
そこが頂点で、翌日からは、新人教育が始まり、会社概要、接客方法、電話応対、パソコン等、「初歩」の研修があり、いささかうんざりします。しかし、ここは、新人になりきって、我慢して受講すべきだと思います。研修後、職場に配属されますが、仕事は、学校で勉強したこととは無関係で、組織の中の歯車として、単純な事務が与えられ、理想と現実のギャップを感じます。これも、暫らくは辛抱し、自分の責任を自覚して、「会う人、する事、全てを勉強」と割り切り、何事も自分で工夫して対応すれば、進路は開け、やり甲斐のある仕事を見出すことが出来ます。何事も、初めから満足するものはなく、ある程度の我慢は必要です。頑張って下さい。万一、進路変更を考えるのであれば、一度、サラリーマン修養をしてからでも遅くないと思います。(2007/4/1)

サントリーの底力

サントリーの好業績には定評がある。その秘密を知りたくて、山崎のウイスキー工場と桂のビール工場を見学した。桂工場は、近代的で、規模の大きさと小さい濾過器が珍しかった。山崎工場は、フラスコのお化けのような蒸留器で原料を精製し、これに、少量のウイスキーの「素」をブレンドして製品に仕上げていたが、驚いたのは、その後、ウイスキーの「素」の貯蔵庫に案内された時である。大きな洞窟の中に、古めかしい樽が無数に並んでいたので、樽の保管庫かと思ったが、会社の説明では「創業時からビールの素を貯蔵しており、戦時中も護り続けた」と言う。同族経営のサントリーが、企業存続のために、戦争中も、「ウイスィーの素」を護り抜いた事実を聞いて、「サントリーの底力」を垣間見たような気がした。そして、強い企業には、それなりの理由があると確信し、目からうろこが落ちる思いがした。 (2007/3/12)

隠れた大企業 YKK・吉田工業の

YKK・吉田工業の本社工場は、富山県の黒部峡谷の麓にある。同族経営で、元は、小さなファスナー会社として知られていたが、その後、アルミ・サッシに進出し、現在では、世界有数の会社になっている。このYKKが、臨時列車を仕立てて、工場見学をさせると言うので、「田舎会社の祭り」のつもりで軽い気持ちで参加したが、現場で、「YKKの底力」を目の当たりに見せせられ、ショックを受けた。工場見学は、乗用車で案内され、規模の大きさにドキモを抜かれ、パーテイでは、国内の政財界人をはじめ、外国からは、元・米国の大統領や世界各国の要人が参加し、YKKを見直す結果となった。会社の説明では、黒部市が土地を提供し、税金を易くしてくれたので黒部に本社工場を創り、その他の工場は、世界数十カ国に建設し、地元民を採用して、多量生産に踏み切ったと言う。アルミ・サッシは、厳しい競争に晒されているが、YKKは、経営者の慧眼と徹底的な合理化によって、確固たる企業基盤を築いている。富山の片田舎で、世界一の会社を見て、世間の常識と実際の実力差を認識し、勉強不足を実感した。隠れた有力企業が何処にでもあることを見逃さない目を持っていたいものである。(2007/3/12)

トヨタの住宅

トヨタ自動車が、敗戦の荒廃の中、同族経営、地方本社等の不利な条件を克服して、業況を拡大し、世界自動車業界の頂点を伺っている。環境も味方したが、最大の武器は、ヒトのように思う。トヨタは、早くから、経営理念を確立し、技術、生産、販売、金融を統合し、揺ぎない会社となったが、日産が、ルノーの傘下に入ったのとは対照的である。
実は、日産が、華やかなロケットを指向した時、トヨタは、次の柱として地味な住宅を選択した。当初、トヨタ住宅はプレハブ以下の粗悪品で、トヨタの真意を奇異に感じたが、30年経過してみて、トヨタ自動車のヒトの実力を見た。早くから、トヨタは、自動車の先を見越して、地味な住宅に目をつけていたのである。
トヨタの次の戦略は「食」を狙ってくるような予感がする。(2007/3/11)

安全の売買

生命保険や損害保険が「悪玉」になっているが、一寸、考えてみると、行政も会社も客も、責任の一端があるように思う。最大の理由は、私達が、「目に見えない安全を売買する」ことに慣れていないためである。
セコムの飯田会長から、創業の動機は「イギリス旅行の時、安全を売買しているのを見て、真似をした」と聞いた。最初は、何のことか判らなかったが、これが「警備保障」の事業であり、以後、セコムは急成長し、現在に至っている。「保険」は、安全の売買としては先輩であるが、行政も会社も客も「安全の売買の真意」を理解しないまま、他の商品と同じように「損得」だけを前面に出して、売買したために、トラブルが多発しているように思う。会社は、無理やりに販売するだけでなく、客の立場も考えて、適切な商品を買ってもらい、充分ホォローすべきであり、客も、保険で、得をすることだけを考えずに、安全と言う商品を理解して購入すべきである。
最近、気になるのは、外国の保険会社が、テレビやダイレクトメールだけで販売している保険である。取り分け、高齢者向けの無審査保険は、甚だしい誇大広告のような気がする。簡単に計算しても、貯蓄の方が有利であり、正当に「安全」を販売しているとは思えない。
税金無駄使いをするのであれば、安全を売買する保険は、国営にして公平な運営をするのが良いのかもしれないと空想する。(2007/3/2)

ゼネコンと造船会社の底力

会社は、大小に拘わらず、競争に勝つために合理化して、コスト・ダウンをはかる。日本経済がバブルの頃、造船会社や大手ゼネコンは、腹一杯の受注を抱え、その消化に四苦八苦していた。その頃、私は、街で、造船会社やゼネコンの合理化工事の実態を見て驚いた。
一つは、長崎へ旅行した時、グラバー邸から三菱重工のドックを眺めていると、20万トン級のタンカーの前半分と後半分を繋いでいた。ガイドの説明では、建造工程を短縮するため、タンカーの前後を別々に造り、夫々、出来上がった時点で、両方を繋いで一隻のタンカーにすると言う。さすがだと感心した。
二つ目は、東京の聖路加病院と大阪の第一生命ビルの工事現場の前を通った時、ゼネコンが、高層ビルを、地下工事と地上工事に分けて、夫々、同時に工事を進め、工期を短縮しコスト・ダウンを図っていた。日本人の智恵に驚いたが、会社の企業力の差は、こんな所にあるのかと気がついた。
こんな例は幾らでもあるので、投資や就職に当たっては心したいものである。(2007/3/1)

信者に寄りかかる会社

業種は違うが、沼津市の食品スパ−「八百半」と大阪市のビジネス・ホテル「法華倶楽部」は、不況下でも好業績を上げていた。その根拠を知るために、両社を訪問した所、従業員は礼儀正しく、きびきびしていたので、好業績の秘密は「従業員がよく働くためだ」と納得した。しかし、その後、社長に会って話を聞いている内に、首を傾げたくなった。
実は、両社の社長は宗教の信者で、従業員も信者が多く、安い給料で会社に奉仕していた。所謂、高労働、低賃金の形で、会社は、従業員信者に寄りかかって収益を上げていた。更に、法華倶楽部は、資金を、信者から殆ど無利息で借用し儲けていた。両社は、表面的に好業績だが、実質は信者を食い物にしており、企業基盤は不安定であった。案の定、次の不況期には両社共に破綻した。
会社の良し悪しは簡単には判り難いが、一寸したことでも注意して見極めたい。(2007/3/1)

プレハブ会社の優劣

プレハブ住宅は、戦後の住宅難の時、在来の木造住宅の代用品として登場した。当初は、玉石混交の会社が乱立し、競争の結果、大和ハウス、積水ハウス、ミサワホームの3社が勝ち残った。
大和と積水は、鉄骨プレハブで、自社生産、直販体制を採り、ミサワは、陶製プレハブで、委託製造、代理店販売でスタートした。経営形態は、大和とミサワは、社長のワンマン経営で、積水は、積水化学から独立した組織経営であった。資金面では、ミサワは、依託製造、代理店販売なので身軽であったが、大和と積水は、自社製造、直販体制のため膨大な設備資金を要し、調達に苦労した。商品は、各社、夫々、特徴があり優劣はなかった。その後、大和は、ワンマンから組織経営に移り、ホテル、日曜大工など多角経営で規模を拡大し、積水は、グループの組織を生かして力を付けたが、ミサワは、超ワンマン社長の限界とレジャー事業の失敗などで破綻した。
変った所では、トヨタ自動車が、多角経営の一環として住宅に目を付け、トヨタホームとして着々と力をつけている。今後は、大和、積水、トヨタが主流となると思われる。
企業の見通しは難しく、栄枯盛衰があるので、住宅を購入したり、就職したりする場合は、気を付けたいものである。(2007/1/8)

暮らし

株の買い時

ウオール街を震源地として、世界中の株価が一斉に暴落し底なしの感じで、国も企業も個人も打つ手がなく茫然自失の状態です。しかし、全ての企業が潰れる事はなく、ここまで下がった株価は必ずあ上がります。ここは、株式投資には千載一遇のチャンスです。日本を代表する企業の株を積極的に買うべきだと思います。 賢い投資家は既に買いはじめているような気がします。理由を書けば長くなりますが、最終的には私の勘です。もし理由が必要であればご一報下さい。何時でも回答します。
(2008/10/10 佐坂宏夫)

薬の洪水

医療費、特に老人医療費の増大が問題になっている。政府は「お薬手帳」で、老人の服薬履歴を監視し、過剰投薬をなくしようと計画しているが、老人としては、単に、金の問題でなく、老人を労わる方向で対処して欲しい。予てから、不思議に思っていたのは、診察を受ける度に、薬が、洪水のように増えることで、これでは、診察回数を減らし、薬をジェネリックに代えても、医療費は減らないような気がした。子供の頃、病気になると、市販の胃散、征露丸、ノーシン等を呑んで様子を見、治らない場合は、医者に行き、粉薬と注射で対応した。現在に比べれば、のんびりしていて、安上がりで健康的であった。時計の針を逆に回すことは出来ないが、政府も医師も、金だけを眼の仇にせずに、老人の心を癒し、健康維持をする方向で、医療費行政をして欲しい。 (2007/12/15)

人心の霍乱

中央防災会議の専門調査会が、近畿地方の地震予知を発表した。近い未来、大阪の上町断層で大地震があり、死者4万人、重軽傷者18万人、全壊家屋97万棟と、被害は、阪神大震災の9倍、大阪府想定の3倍となる。大阪では、地震に対する備えが不十分で、旧耐震基準の住宅が多く、被害は予想以上に甚大になる。第一の防災対策は、建物の耐震化であると言う。一方、別の地震専門機関では、現時点では、鯰に頼る以外、地震の予知は不可能との意見もある。建物の耐震化、ライフラインの整備などは、政治の問題で、個人で解決出来るものではなく、市民は、中央防災会議の発表を聞いて、戸惑うばかりである。政府は、無責任な地震予知をせずに、防災対策を確立した上で、市民が安心するような情報を流して欲しい。 (2007/12/15)

リバイバル映画

古いテレビ映画を見ていると、妻が「昔の映画の何処が面白いの」と笑う。しかし、若いタレントの馬鹿騒ぎよりは、見慣れた勧進懲悪、恋愛、友情、反戦モノ映画が、面白くて心が休まり、時には勉強になるように思う。「水戸黄門」、「大岡越前」、「アンタッチヤブル」等は、勧進帳悪の同じ筋書きながら、何度見ても楽しめる。「西部戦線異状なし」、「ここより永遠に」、「カサブランカ」等は、反戦、友情、恋愛など、考えさせられることが多い。最近は、「チャングム(宮廷女官)」と「あかんたれ」に夢中になっている。「チャングム」は、イヨンエや韓国の宮廷風俗に魅力があり、「あかんたれ」は、大垣志朗と船場の家風が面白い。新しいモノ漁りもよいが、 残りモノにも福はある。妻に笑われても見続けるつもりでいるが、若い人も見て欲しい気がする。 (2007/11/24)

賢いカラス

昔から、カラスは、賢いと言われているが、よく行くゴルフ場のカラスは、賢いばかりでなく、段々、「賢くなっている」気がする。以前、カラスは、度々、硬いボールを浚ったが、最近は、ボールは食べられないと気付き、見向きもせずに、食べ物や飲み物を盗んで逃げる。駄菓子、おにぎり、紙コップのジュース等は、隠してあっても見付け出して、あっという間に持去る。面白いのは、百貨店の包装紙を見分ける事で、中に、食べ物がなくても、必ず、破り散らかしている。一度、携帯電話を持ち去ったが、役に立たなかったのか、元の場所に返しにきた。人間は、戦争、犯罪など退化しているが、カラスは進歩していると思って、苦笑せざるを得なかった。 (2007/11/24)

古代中国の話

何とはなしに、井上靖の「孔子」、司馬遷の「史記」、司馬遼太郎の「項羽と劉邦」、陳舜臣の「十八史略」、宮城谷昌光の「三国志」等、古代中国の紀元前後の「歴史物語」を読んだ。夫々の作者が、同じ歴史を見詰めながら、違った見方をしている点が、興味深く、全著作を通じ、雄大な中国の真髄と人生の教訓を垣間見たような気がした。「孔子」には、天命、信、仁、徳、知、和等の教訓が散らばっている。「史記」は、司馬遷が、宦官となって生き恥を晒しながら、父の遺言で、艱難辛苦の末、秦の始皇帝の中国統一の過程を見事に描写している。「項羽と劉邦」は、秦の始皇帝となった劉邦と対抗馬の項羽の覇権争いの物語で、対照的な二人を対比させ、無学で粗野な劉邦が、優秀な部下と幸運に恵まれて、群雄割拠の中国を統一した過程を描いている。「十八史略」は、紀元前の春秋戦国時代から紀元後の漢末までの歴史小説で、肩を凝らずに読む事ができる。「三国志」は、秦、漢の覇権国家の後、3,4世紀頃、魏呉蜀が並立し、領土獲得争いをする戦乱を描いたもので、曹操と劉備、魏志倭人伝など懐かしい話がある。読み流しであるが、大中国と島国日本の歴史の差を痛感 し、中国の歴史、思想、人物、日本と中国の関係など面白く、教えられる点が多い。中高生が、自発的に読むのも良いが、学校の副教材にするのもよいように思う (2007/11/3)

青少年の夢

久しぶりにドライブがてら高野山に行った。途中、橋本市役所の前で、五輪マークと水着のブロンズ像が目に付いたので、車を止めて立ち寄った。モニュメントは、地元出身の水泳選手、前畑秀子と古川勝が、オリンピックで優勝した顕彰碑であった。橋本ロータリー・クラブが、創立50周年記念に建てたもので「地元出身の金メダリストの偉業を称え、永く青少年に夢と希望を与える事を祈る」と謳っていた。外国では、よく、スポーツ選手の像を見かけるが、日本では、大阪プールの高石勝男選手の胸像以外余り記憶がないので感動した。子供の頃、薪を背負った二宮尊徳や犬を連れた西郷隆盛の銅像を見て、勤勉、孝行、勉学、勇気、誇り等を、何となく教えられたが、橋本市の顕彰碑も、大いに青少年の士気を鼓舞すると思う。各地で、有名選手の記念碑を建てれば、青少年教育のバックアップになるような気がする。私は、以前から、日大にプールに、古橋選手と橋爪選手の記念碑を建てるよう提唱しているが、未だに実現していないので、複雑な気持ちで市役所を後にした。 (2007/11/10)

木原光知子さんを悼む

美人で、健康的な木原選手が、突然、死亡され驚いている。木原さんは、日大水泳部の後輩で、私が「青春の日大水泳部」を出版した時、田中聡子さんと共に、色々、協力してもらい、池袋スイミング・クラブでは、次男が、親切なコーチを受けた事があり、残念で、感慨無量である。木原さんは、岡山の女子高から、村上監督を慕って、男子集団の日大水泳部に進み、自由形選手として東京オリンピックで活躍した。その後、女性実業家として、スイミング・クラブを経営する傍ら、日本水泳連盟の役員として、若い水泳選手の育成に努めた。先日、平塚プールで水泳の指導中に死亡されたと聞くが、59歳は余りにも若死にである。残念ながら、今は、ご冥福を祈るだけである。それにしても、生死は不可解で、明日の命は全く判らない。木原さんの死を教訓に、健康に留意して前向きに生きたい。 (2007/11/1)

皆で渡れば怖くない

最近、多発する金銭トラブルを見ていると、原因は、売主、買主双方の欲張り過ぎと勉強不足にある洋に思う。問題になっているサブプライム住宅ローンも例外ではなく、市場は、つい、2、30年前、不動産バブルの崩壊で痛い目に逢いながら、また、同じ轍を踏んでいる。今回は、質の悪い住宅ローン債権を証券化し、格付けで権威をつけて、「皆で渡れば怖くない」と売りまくり、一時は、フアンド、銀行、証券、顧客など全てが、不錬金術に現を抜かした。しかし、不動産価額が頭打ちし、販売不振になると、途端に、証券化したローン債権が暴落し、世界中の金融市場が大混乱した。急遽、G7を開催し対策を討議したが秘策はなく、ここは、各国が、自国の責任で、不良債権を整理し、市場の安定をはかる他ない。そして、今度こそは、「不動産の特性」を充分に理解し、バブルの再発を予防すべきである。不動産は、再生産が不可能なため、適正地は価額が高騰するが、大部分は市場が狭く、換金が困難なので、不動産をベースとした投資商品には、安易に飛び付かないようにしたい。今回の混乱は、投資フアンド、不動産会社、金融機関、証券会社、顧客など全ての責任であるが、洋は、欲惚けと勉強不足である。注意したいものである。なお、来年の北京オリンピック後は、中国の不動産バブルが弾ける可能性があり、今こそ、各国が、知恵と資金を出し、早急に市場の安定をはかる必要がある。 (2007/11/5)

神の存在

年を取ったせいかもしれないが「神」の存在が気になる。人類は、発明、発見、新記録などと大騒ぎをし、時には、ノーベル賞や金メダルでその栄誉を称えるが、考えてみれば、発明、発見、新記録などは、「神」が、宇宙を創造した時、同時に創成したもので、神の目から見れば、目新しいものではなく、当たり前のことである。人類は、自分達は霊長族であり、長い間、自分たちの努力した結果、発明、発見し、新記録を樹立したもので、今後も、自分たちの科学研究で宇宙の原理を全て解明し、新記録は永遠に続くと自負している。しかし、最近の混乱した世相を見ていると、神が、人類に苦難を与え、傲慢な人類を戒めているような気がする。人類は、謙虚になって、科学万能を反省し、神を信じる必要があるように思う。 (2007/10/5)

ゴルフの戯れ歌

ゴルフ・シーズンになった。秋晴れの下、緑の絨毯を踏み、白いボールを追うのは爽快である。ただ、気になるのは、プレイ中に、マナーの悪いプレイヤーに出くわすことで、楽しいプレイが一瞬にして台無しになる。無闇に素振りをし、咥えタバコでフエア・ウエーを歩き、芝読みに時間をかけ、バンカーやディボットは直さず、スロー・プレイをして他人に迷惑をかける。ゴルフは、自己規制の遊びであり、スコアよりマナーが優先することを知らないプレイヤーは、ラウンドする資格は無いように思う。一度、出直して、イギリスでの「ゴルフの戯れ歌」を味わって欲しい。イギリスでは、子供の頃から「飛距離が自慢は幼稚園、スコアに拘る小学生、景色が見えて中学生、マナーに厳しい高校生、歴史が判って大学生、友群れ集う卒業式」と「戯れ歌」を口ずさみながらプレイをして、自然に、ゴルフの本質を学ぶと言う。私達も、スコアだけに拘ることなく、他人の迷惑を荷なら無いようにして、余裕を持って楽しくラウンドしたいものである。 (2007/10/5)

台湾に残る「美しい日本」

十数年ぶりに台湾へ行き、駆け足で西海岸を縦断したが、思いがけず、失われた「美しい日本」を再発見して感激した。関空から中正国際機場へ飛び、マル山大飯店に宿泊して、忠烈祠、総統府、故宮博物院、竜山寺などを一巡の後、近くの烏来温泉を覗いて、北の基隆軍港を眺め、一度、台北へ帰ってから、空路、南へ飛び、高雄では、凱撒大飯店に宿泊して、市内観光をし、新幹線で台北へ帰った。この間、行く所、全て、素晴らしい光景で、会う人が、皆、親切で、中でも、年配者は日本語を話し「日本の統治時代が懐かしい。皆、平等に教育してくれた」と言って、日本の軍歌や童謡を歌って歓迎してくれた。私は、台湾で「美しい日本」を再発見した感じで、大いに感動した。その他、台北市内では「本土反攻」「共産主義撃滅」等の看板が撤去され、政情が安定していたこと、泊まったマル山大飯店は、台湾神宮の跡に建てたホテルで、靖国問題を思い複雑な気がしたこと、故宮博物院には、蒋介石が持逃げした「中国、4000年の歴史」が詰まっていたこと、台北から高雄への空路は、向田邦子の墜死した飛行機で、少し怖かったこと、高雄からの帰途、日本の協力で完成した新幹線に乗ったが、広軌で、振動が少なく、乗り心地がよかったこと、通りは、右側通行、人、自転車(脚踏車)、バイク(機車)、バス(公共汽車)、タクシー(出租汽車)の洪水であるが、人は、皆、おおらかな感 じであったこと、喧嘩しているような会話、早朝の太極拳、豪華な中国料理などは不変であること、等いろいろ勉強したが、台湾滞在中、微妙な台湾の国情を忘れ、日本よりも美しく平和な国のような気がした。仲良くしたいものである。 (2007/8/11)

自費出版は「お稽古ごと」

自分史、旅行記、闘病記等の自費出版が盛況で、知的な趣味として喜ばしいが、出版社とのトラブルも多発しているので、体験者の一人として感想をメモしたい。日本人は、活字を尊重する風潮があり、自分の体験を本にして、他人に読んでもらう事は、自尊心をくすぐるが、出版社の甘い宣伝に乗ると、思わぬ落とし穴に陥ることがある。出版社は、原稿の内容がよければ、会社の出版とし、責任を持って販売して、自己負担のないようにすると言って、原稿を募集するが、1日に8万冊の新刊書がある中で、素人の本が売れるのは、奇跡であり、実際的には不可能である。素人は、余り背伸びをせずに、「自費出版は趣味」と割り切って、100万円程度の自己負担で、自分の本を作り、友人知人に配布して、自己満足しておけば、出版社の営業政策にも腹は立たない。私は、出版社の社長や雑誌記者や編集者に友人がいて、数冊の本を出版したが、奇跡的に、数万冊も売れた本があり、最終的には収支トントンになった。自費出版は、あくまでも遊びで、大人の「お稽古ごと」程度に思えば間違いはない。 (2007/7/27)

夢の家庭菜園

愛犬チビが死んで数年になる。友達から、度々、次の犬を飼うようにすすめられたが、介護の苦労を思うと飼う気になれなかった。その後、犬の代わりに雑魚を飼ったが、余り面白味がないので止めた。暫くして、遊びがてらに、庭の片隅で、苺、トマト、茄子、キュウリ、スイカなど家庭菜園を始めた。雑草を取り、水や肥料をやって、毎朝、その成長振りを眺めていると、自然の力に感嘆し、生気が湧くような気がした。菜園は、勝手にすくすくと育ち、思いのほか早く実を結んで、私達の食卓に並んだ。自分で育てた無公害の野菜を食べると、美味しいばかりでなく、無性に楽しくなり、最後には「これで、国の食量問題も改善出来る」と夢みた。 わが国の食料自給率は4割程度で、多くは輸入に頼っているが、最近、輸入品には、農薬や衛生面から安全性の問題が起り、先行き大いに不安であるが、国全体に危機感が薄く、甘い贅沢な生活をしており、効果的な対策は打ち出していない。戦時中の嫌な思い出はあるが、今、国の政策として、遊休地や庭の片隅を利用し、もっと積極的に、一坪農園や家庭菜園を推奨すれば、食料の自給率アップに繋がり、安全性も確保されるように思う。ゴルフ、散歩、習い事等も悪くはないが、家庭菜園は、食料の自給率アップと健康を増進し、趣味と実益を兼ねた有効な対策である。真剣に取り組んでもよいような気がする。 (2007/7/16)

森岡雅子さんの言葉

NHKラジオ「心の時代」で、97歳になる森岡雅子さんの話を聞いて感動した。森岡さんは、原爆体験者の主人が開設したユースホステルを引き継いで経営し、日本を担う学生をタダで泊めて交流を図り、その傍ら、全国を講演旅行し、本も多数書いて社会貢献をしていると言う。断片的であるが、森岡さん話の中で、心に残った言葉は「原爆も平和も人が作ったモノである」「生まれた以上、存在価値はある。前向きに生きよう」「日常生活のコツは、愛、笑、喜である」「家庭円満の秘訣は 互いに長所を認め合うことである」「迷いが生じた時は、白い雪山を見て洗心せよ」等であるが、混乱する世相の中にあって、「迷える羊」の生きる指針になる。 (2007/7/16)

我慢強い日本人

東北線で、架線が切断して6本の電車が立ち往生し、JRが4時間余り大混乱した。16000人の乗客は、雨の中、線路伝いで近くの駅まで歩き、内、37名が、怪我や不調で病院へ行ったと言う。全体として、18万5000人の乗客に影響があり、被災者は、さすがに疲れた様子であったが、テレビのインタービューでは、皆、「疲れた」「冷房が切れて蒸し風呂であった」と不満を述べながらも、顔は、一様にニコニコしていた。飛行機、自動車、船など同じ事故が繰り返され、外国なら暴動が起こる場面であるが、日本人は、人身事故でもない限り、我慢強く、殆ど騒ぐことはない。何度見ても、不思議な光景である。日本では、法意識や責任概念が薄く、仏教による諦観思想のためか、諦めが早く、責任追及も曖昧である。天災地変や人災事故の多発国でありながら、危機意識が薄く、危機管理が遅れ気味で、同じ事故が繰り替えされ、被害は甚大となる。国民としても、我慢強いだけが美徳ではなく、怒るときは怒り、けじめを付けたいものである。国民が動かない限り、同じ事故はなくならないような気がする。 (2007/7/1)

年は取りたくない

一寸した油断で警察沙汰になりかけ、ぞっとした。実は、先日、ゴルフ練習場で、カードを買ってボールを打っていた時、先の人のカードが残っていたので、無意識的にポケットに入れ、自分のカードを使って練習し、そのまま忘れて家に帰った。夕刻になり、警察から電話で、「ポケットに入れたカードを持参せよ」との連絡があり、驚いて出頭した。警官は、「隠しカメラに写っている。カードを返せ」と言う。仕舞ったと思ったが、後の祭りで、事情を話して謝るほかなかった。年は取りたくないものである。 (2007/7/1)

地位が人を変える

学生時代、同窓で、同じ運動部に属し、同じ釜の飯を食い、互いに心を許した親友が、何十年か振りに会うと、人が変わっていることに驚く事がある。こんな例は、出世した友達に多く、特に、弁護士、医者、政治家等「先生」族は、その地位が人間性を変えるようである。弁護士は、白を黒と言いくるめるのが有能とされ、大会社の顧問をしているA君は、学生時代とは別人になり、簡単な労務問題の相談をしても、報酬を支払えと言わんばかりに、ぐずぐずして相談に乗ってくれない。坊ちゃん育ちでひ弱かったB君は、名医を自負し、お礼を包まないと簡単に診察してくれない。親の七光りで国会議員となったC君は、選挙前はバッタのように低姿勢であったが、同窓会では威張り散らして、毎日、陳情団が、土産を持って来ると自慢する。勿論、同窓会では、大部分の親友は、学生時代に返って無邪気に飲み食いをするが、これら一団の「先生」は、少し名が売れただけで天狗になり、友情を無視するような人間になっている。地位が人間性を変える部分もあるが、本質的には、先生自身の人格の問題であり、「他山の石」として、友情は大切にしたいものである。 (20007/6/25)

妻に感謝

妻が、東京の病院に一ヶ月近く入院したので、大阪でヤモメ暮らしをした。毎日、買物、炊事、洗濯、掃除をこなし、5日おきに1泊で上京したので、目が廻るほど忙しく、読書やゴルフの時間もとれず、心身共に、くたくたに疲れた。主婦は、これ以外に、育児や社交が加わるからもっと大変である。私は、75歳になって、改めて、妻の苦労に感謝した。そして、妻が、家事に復帰した時は、出来るだけ手助けしたい気持ちになった。 同時に、家電製品は、自分で使ってみて、思っていたほど便利でないことに気がついた。掃除機は、重たくて小回りが利かず、昔のハタキや箒に劣るような気がし、炊飯器や洗濯機は、機能的になっているが、人が操作しなければならず、段取りや作業時間を考えると、広告が結うほど便利ではない。家電メーカーは、真の「文明の利器」を開発して欲しい。 それに付けても思うことは、亡くなった田舎の母の事である。子供の頃、朝、目を覚ますと、母は、既に、薪と釜で、ご版を炊き、味噌汁と漬物で朝食を準備し、弁当を作っていた。昼間は、盥と洗濯板で家族の洗濯をし、ハタキと箒で部屋の掃除を終え、菜園の手入れ、買物をして、晩御飯の準備をした。夕食後は、夜なべで針仕事をし、就寝前には、風呂を沸かし、布団を敷いて、一日の家事を終えた。家電製品の無い時代に、一日中、働いていたが「忙しい」と言う弱音を聞いた記憶は無く、今更、頭が下がる思いである。妻の入院で、改めて、女性に感謝する気持ちになった。(2007/6/14)

山種美術館

久しぶりに、千鳥ケ淵界隈を散策した。付近一帯は、都会の喧騒から離れ、桜も過ぎ、清清しい新緑の中にあった。途中、「開館40周年記念展」の看板を見て、何気なく山種美術館に入った。退屈凌ぎのつもりであったが、収蔵品は1800点「明治以降の日本画の宝庫」と言われるだけに、展示室には、巨匠の代表作が並び圧巻であった。何れも、教科書で見慣た絵の実物で、日本絵らしい淑やかさが漂い、観ているだけで気分は爽快であった。 速水御水の「豆花」や「牡丹」は、さらっとして清楚であり、横山操の「越後十景」は、どんよりとした北陸の風景を余すところ無く表現していた。東山魁夷の「年暮るる」は、「残照」を連想し、小林古径の「河風」や「猫」は瑞々しく、上村松園の「春芳」は、古風な日本美人が生き生きと描かれている。奥村土牛の「醍醐」は、秀吉の垂れ桜で、太い節くれだらけの幹が、画面を圧し、北村映月の「想(樋口一葉)」は、「たけくらべ」の作者のイメージとは違うが、聡明な日本女性が描かれ、伊藤深水の「婦人像」は、赤い手袋を着けたふっくら顔の美人画で、京マチ子を髣髴させた。鏑木清方の「伽羅」、竹内栖鳳の「班猫」、山口華楊の「木精」など、夫々、心に響くものがあった。上村松筧の「白孔雀」は、異様なほど胴長の白い孔雀が、画面を覆いつくしていた。加山又造の「冬山」は、ありふれた光景ながら柔らかい雪景色であった。河合玉堂の「松上双鶴」は、墨絵からは想像できない明るい画面で、丹頂鶴の赤い鶏冠と太い茶色の松の幹が、日本的な美を感じさせた。2時間ばかり観賞し、爽快な気分になって美術館を後にした。後期の記念展も予定されて、横山大観の「作衛門の家」や酒井抱月の「秋草郭図」なども公開されると言う。さすが、東京には「本物」があると感心した。(2007/6/3)

携帯電話の安全性

携帯電話が普及し、腕時計と同じように重宝にされているのは喜ばしいが、場所を弁えず、至る所で、傍若無人に使用するのは、極めて不愉快である。強制的に規制するのも難しいが、使用する人は、常識の範囲で、他人に迷惑とならないようにかけて欲しい。私が、気になるのは、飛行機や電車、或いは、病院で、「計器に支障をきたす恐れがあるので、使用しないでほしい」と言うアナウンスで、聞く度に、真偽の程を知りたいと思う。アナウンスを聞きながら、電車や病院では、堂々と、メールをしている人を見かけるが、計器に支障はないのか、不思議でならない。誰か、アナウンスの真偽を教えて欲しい。

妙見山

長男と、久しぶりに妙見山に登りました。うららかな春日和の中、ケーブルとリフトを乗り継いで、疎らな客に混じって登頂しました。染井吉野は散り、紫陽花には早過ぎましたが、全山新緑に包まれ、春霞がたなびき、空気は新鮮で、何か生気を取り戻した気になりました。足元には、可憐なタンポポが咲き、山肌一面、薄紫の山ツツジや黄色の山吹が覆い、豪華な八重桜も、あちらこちらに見られ、すぐ先の木では鴬が鳴いていました。家から、わずか30分の所に、こんな別天地がありますが、この天国にも、時代の波が容赦なく押し寄せて、俗化し、無念な思いがしました。

子供の遊園地やバーベキュー施設は、まだ、許せますが、グロテスクな「聖霊の館」は、意味不明で、不気味でした。観光ヘリコプターは、4分間、6000円と、高価な上に危険です。妙見山のシンボルである神社も寺も、騒々しくて、派手な看板が目立ち、信仰の一片も感じませんでした。鄙びた食堂は、高価なだけで碌な食べ物がなく、入り口の「食べ物、持ち込み禁止」と言う文字には、興ざめがしました。入山者にも責任はありますが、信仰の山も、金儲け主義に押されて、落ち着いて散策する気にもなれませんでした。関係者の一考を希望したいものです。(2007/5/20)

深緑夏代

NHKの深夜放送「心の時代」で、シャンソン歌手、深緑夏代の「シャンソンを歌って70年」を聞きました。長崎県出身で、宝塚歌劇団の24期生、1955の卒業で、愛称はターコと言うそうです。相当な年配ですが、波乱万丈の自伝を滔滔と語り、「音楽は、人を若返らせる」と得意げに話され、最後に、瑞々しい声で「すみれの花の咲く頃」を歌いました。入団当時の猛練習、戦時中の慰問、幼な顔の予科練習生が、楽しい歌よりも、寂しい歌を希望した事、イブモンタン、越路吹雪、石井好子、加藤登紀子の思い出等、面白い話が多く、随所に感激しました。「3分間のシャンソンに人生がある」と言う結びには、ずしりとした重みがありました。そして、音楽でも、学問でも、スポーツでも、一流になるためには、素質に加え、人並み以上の努力が必要なことを、改めて痛感し、若い人にも、是非、聞いてほしいと思いました。蛇足ながら、夜中に、ただ独りで、シャンソンを聞いていると、歌詞が、浪花節のように判り易く、愉快になりました。
深緑夏代さんの、益々のご活躍を期待しています。(2007/5/20)

つるやオープンゴルフ

先月末、山の原ゴルフクラブで「つるやオープンゴルフ大会」を見た。桜は散っていたが、気候がよく、快晴無風、鶯の鳴き声も聞こえて、遊山気分のゴルフ観戦であった。大会の結果は、1位は、16アンダーのB・ジョーンズ、2位は、14アンダーの倉本で、またも、優勝は外国人に攫われた。50歳の倉本の健闘は光るが、尾崎将司や杉原輝夫は予選落ちし、田中秀道や片山晋吾は音なしであった。珍しいところでは、伊沢が、1番のミドルホールで、見事なイーグルをとり、鈴木が、15番のロングホールで、OBボールを木に当て、跳ね返したボールがオンしてパーをとる場面を見た。感心したのは、多くの無名選手が、熱心に練習することで、暇があれば素振りをしていたが、この点は、アマチュアも見習いたいと思う。反面、気になったことは、日本選手のホームが、華麗ながら、同じスタイルで、力強さを感じない点であった。外国人に勝てないのは、平和過ぎて、ハングリー精神にっ欠けるためと言われるが、私は、それ以外に、日本選手のスマートな画一的なホームにも原因があるような気がする。以前は、杉本、青木、杉原などが、個性あるスタイルで活躍し、女子も、樋口、小林、服部、福島などが、変則スタイルで活躍していたが、近年、選手のホームが洗練され、画一化されて、力強さが影を潜めた。体格とスタミナの違う外国選手と対等に戦うためには、ひ弱い華麗なホームでは不可能である。選手個人が、夫々、特徴を生かし、個性を伸ばさない限り、世界に通用する選手は育たないと思う。プロ選手の奮起を期待したい。(2007/5/20)

巨人―中日戦

13日、日曜日、子供から、母の日のプレゼントにプロ野球の券を貰ったので、妻と共に、東京ドームに行き、巨人―中日戦を観戦した。東京ドームとホテルの夜景は、豪華で素晴らしく、延々と連なる客に混じって、わくわくしながら入場した。ドーム内は、カクテル光線のもと、選手の躍動、応援団の声援、売り子の動きなど臨場感があり、さすがに実物は違うと、テレビとは別の感動をしたが、反面、オヤッと思うこともあった。1つは、日本最初の東京ドームが、筑後、20年経過し、古ぼけて狭苦しい感じがしたこと、2つは、選手の素顔やプレイが見え難く、興味が半減すること、3つは、応援団が騒々しく、汚い野次が多いこと、4つは、安物の飲食物や選手のグッズが高価なこと、5つは、優勝争いの看板ゲームに拘らず、空席が目立つこと等で、何か物足りない気がした。試合は、首位争いで盛り上がり、巨人の高橋と中日の山本が投げ合い、僅差で中日が勝った。ただ1つ感動したことがある。テレビと違って、個々の選手の表情は判らないが、グランドが全望できるので、全選手が一度に見え、投手が、一球投げる度に、選手全員が反応するのがよく判った。そして、野球は、ボールが飛んで来なくても、全選手が、プレイしていることを知り、感動した。そして、会社でも団体でも、全員参加の意味がわかったような気になった。(2007/5/20)

川柳もどき「桜」

◆ 東北、櫻旅行 (4・21〜24)
* 富士山の 雪を遠目に 東北へ
福島・花見山公園
* 花見山 桜は散って 新緑に
* 櫻なく 雪の蔵王を 遠望し
* 花見山 櫻に代り チューリップ
北上川
* 北上の 鄙びた里が 花で燃え
* 北上の 桜並木を 愛で歩く
* 北上で たこ焼き食べて 花を見る
角館
* 武家屋敷 しだれ櫻で 妖艶に
* 角館が 櫻と人で ごっちゃ混ぜ
* 鯉のぼり 桧木内川に 翩翻と
十和田湖から八甲田山へ
* 十和田湖が 霞の下に ぼんやりと
* 奥入瀬が 雪解け水で 銀鱗に
* 八甲田 雪の回廊 バスで抜け
* 櫻見て 雪見て、またも、櫻見る
* 肌寒い 十和田湖畔に 桜咲く
* 人まばら、岸に佇む 乙女像
弘前・盛岡・石割櫻
* 延々と 桜並木を 疾走し
* 天守閣 殿の気分で 観桜し
* 大阪はTシャツ弘前はセーター
* 東北で 花と出湯を 堪能し
* 岩木山 花の彼方に 悠然と
* 老櫻、岩を破って 花咲かす
* 節くれの 石割桜 母想う
仙台・青葉城の櫻
* 八重櫻 政宗像を 飾り立て
* 青葉城 ピンクの花と 覇を競い
* 正宗の 末裔の嫁 妻の友
* 櫻見て 笹かまぼこを お土産に
  疲れ旅
* グリーン車に 誘惑されて 疲れ旅
* 団体は 食事時間も ままならず

◆ 五稜郭の桜(5・5)
* 五稜郭 勤皇の志士 賊にされ
* 北の果て 悲憤漂う 桜見る
* 桜咲き 百万ドルが 一つ増え
* トラピスト 桜の花で しなやかに
* 子供の日 観桜の旅 無事に終え

◆ 故郷の櫻(4・1)
思い出
* 遠足の 江川遊園 花盛り
* 山奥の 寂れた母校 艶やかに
* 櫻花 川島城址 飾り立て
空襲後、60年
* 戦乱を 潜った櫻 生き生きと
* 鷲の門 桜と共に 再建し

◆ ニュータウンの櫻(4・3)
* ゆったりと 近場の櫻 満喫し
* 炊事時 一休みして 桜見る
* 櫻咲き 犬の散歩は 回り道
* 花の下 見知らぬ客が 会釈する
* ニュータウン、櫻吹雪で、きらきらと

◆ 大阪・大川畔の桜(4・5)
* 春うらら、妻と花見の 梯子する
* 天守閣 櫻のドレス 着飾って
* 太閤の 城の桜を 一巡り
* 花の下 昨夜の諍い 帳消しに
* 昼下がり ブルーシートで 場所を取る
* ホームレス テント小屋から 花を見る
* 満開の 花に囲まれ 花見酒
* 浮き浮きと 花のトンネル くぐり抜け
* 櫻咲き 造幣局が 華やかに
* 花見客 花に染まって 花美人
* ウミネコが 波に漂い 花見する
* 姥櫻 自己の存在 誇示しおり
* 墓地の中 花見の宴に 興醒める

◆日本縦断「桜」−その1
* 南から 桜前線 北上し
* 3月間 桜前線 追っ駆ける
* 日本中 桜の花に 酔い痴れて
* 山桜 染井吉野に 八重桜
* ポトマック テームズ河畔 思い出し

◆沖縄の櫻 (3・1)
観光
* 海岸線 淡いブルーで 鮮やかに
* 行き先は カーナビ任せ のんき旅
* 半世紀 國際通り 賑やかに
* 離れ島 玩具のような モノレール
* 牧志市場 豚の頭に ギョッとする
* 激戦地 メモリアル墓地に 衣替え
* ゴザの街 黒人兵の影 見えず
* 戦後派が 派手な身なりで 闊歩する
* 千羽鶴 ひめゆりの塔 飾り立て
* 記念館 幼い遺影 涙する
* 首礼門 思いの外に こじんまり
* 蛇味線と 琉球衣装で 写真撮る
* 弁柄の 赤い首里城 けばけばし
* 名物の「ちんすうこう」は 甘過ぎる
* シーサーが ちょこんと座る 赤い屋根
* タンカーが 蝸牛さながら ゆったりと
桜に会えず
* 時期ずれて 本部の櫻 葉桜に
* 期待した 櫻に逢えず 旅終える

◆大宰府の櫻(3・30)
* 受験生 梅と櫻に 夢託し
* 道真の 梅に代って 絵馬の華
* 老櫻 悲喜交々の 皺刻み
* 大宰府の 花見の宴に 情緒あり
* 春爛漫 府楼の礎石 歴史知る

能勢電鉄の駅名

阪急日生ニュータウンに転居して以来、20年近く、能勢電鉄のお世話になっている。当初は、鉄道も沿線の街も鄙びていたが、時と共に開発されて、段々、自然が少なくなり、北摂の面影は薄れてきた。しかし、駅名には、昔の美しい名残が、濃く残っているような気がして、懐かしくなり、「川柳もどき」にして、独りで楽しんでいる。(2007/4/12)

  • 長い名の「川西能勢」は妥協案
  • 養蚕を「絹延べ橋」で回想し
  • 「滝山」は官庁街に衣変え
  • 美しい「鴬の森」鳥鳴かず
  • 雑踏で「鼓ヶ滝」の響消え
  • 多田源氏「駅」と神社に名を残し
  • 山間の猫の額の「平野駅」
  • 妙見の「一の鳥居」は跡もなし
  • 畑なく住宅並ぶ「畦野駅」
  • 「山下」は妙見登山の分起点
  • 臍の駅「日生中央」今一つ
  • 掘割で、竹の子の無い「笹部駅」
  • 開発で、光り輝く「光風台」
  • ただ一つ平仮名の駅「ときわ台」
  • 「妙見口」ケーブル下の門前に

ボランティアの反省

会社のOBの同窓会があると、ボランティアが話題になります。私は、定年後、一時、近所の公園の掃除をしましたが、周囲から、冷たい目で見られて恥ずかしい思いをしたので、空しくなって止めてしまいました。
しかし、友人のA君は、休日に、堺の仁徳天皇陵で観光案内をしており、B君は、市役所の展望台で、パノラマの光景の案内をしています。C君は、自転車博物館に陣取り、来客者に自転車の歴史を説明し、D君は、病院で、入院患者の手助けをしています。
皆、何の衒いもなく、楽しくボランティアをしている様子で羨ましく思います。私も、これまで、多くの人に助けられてきたのだから、なるべく早く、再開したいと自責の念に駆られています。(2007/4/12)

もったいない運動

                            

NHKラジオの「心の時代」で、「もったいない学会」の石井会長の話を聞いた。「省エネは、一部分で考えては不十分で、全体で見る必要がある。例えば、一台の自動車でガソリンを節約しても、自動車の総台数が増えれば、全体としては省エネにならない」「小さい事だが、私は、省エネのために、ボトルや缶入りの飲料は買わないことにしている」と言うが、一理はあるように思う。私達だけで、地球温暖化は出来ないが、せめて、自動車のアイドリンやスーパーマーケットのレジ袋の節約など出来ることは実行したい。昔、井原西鶴が「半額に割引されても、買わない方が節約になる」と言ったが、同じ考えであり、最近話題となっている神戸空港や栗東の新幹線駅、四国の3本の架け橋等も無駄の象徴である。モノによっては、多少長い目で見る必要もあるが、ささやかでも「もったいない運動」を推進したいものである。(2007/3/1)

古刹と狸

阪急日生ニュータウン深山池公園の狸

阪急・日生ニュータウンの「隠れた名物」を紹介します。 「古刹と狸」と言う変な組み合わせですが、どちらも一寸した息抜きになります。一度、見られては如何ですか。 「古刹」は、慶積寺と言うこじんまりとした寺で、ニュータウンの東隣りに残された小さな丘の入り口にあります。通りからは見え難いですが、由緒のありそうな寺で、背後の丘には、四国八十八箇所のミニチュアが散在しています。丘の上には、愛宕神社もあり、健康的な散歩道だと思います。阪神淡路大震災の時、仮設住宅のあった後の丘です。 「狸」は、ニュータウンの真中にある大きな深山池の淵に住んでいる野性の狸の一家です。毎日、午後4時頃になると、西側の歩道の近くに現われ、散歩する人に餌をねだります。パンダのように愛らしく、丸い目玉をきょろきょろさせながら、パン屑や残飯を食べます。仲睦ましい一家で、その仕草を見ていると親子の愛情を感じ、微笑ましくなります。 ( 2006/10/22 )

目で見る日本歴史

先日、高野山へ行ってきました。「奥の院」から十数`先の「立里荒神」にお参りした後、「奥の院」に引き返して、数時間、「高野山霊場」を散策しました。「立里荒神」は、1200年前、弘法大師が、高野山に、真言道場を開基に当たり、その成就を祈願した「社」で、今なお、信者が列を作っている程です。「高野山霊場」は、目で見る日本歴史の感があります。入り口の「一の橋」から、大師信仰の聖地「奥の院御廟」まで、約2`の参道は、樹齢、数百年の老杉に囲まれて、蘇我兄弟、源満仲、平敦盛、白河天皇、信玄、謙信、家康、信長、光秀、三成、政宗、大岡越前、浅野内匠頭、四十七士等歴史上の人物から庶民に至るまで20万基以上の墓碑が鎮座しています。一度に巡るのは不可能ですが、一つ一つの墓碑が生きた日本史です。信者でなくても、拝観するだけで、人生の糧となるような気がします。是非、機会を見て出かけて下さい。(2006/11/21)

素晴らしい交通網

日帰りで、豊岡の「こうのとり郷公園」へ行きました。
噂の通り、「こうのとり」は、官民一体の協力で順調に数を増やしていました。タガの緩み勝ちな日本にも、こんな良心的な環境があるのかと感激しました。同時に、わが国の鉄道やバス等の交通網の便利さに感心しました。時刻表が不要なほど、電車やバスの連絡がよく、駅に着けば、次の電車やバスが待っており、特急に乗らなくても、あっと言う間に目的地に着きます。道路網も次々整備されています。
嫌な事件の多い昨今ですが、日帰り旅行で、わが国の明るい場面を見て、先行き期待してもよいように思いました。 (2006/10/12 佐坂 宏夫)

思い出

富士山ご来光

富士山を登る3人

新幹線で上京する度に、多彩な富士山の姿を見るが、その都度、昔、登山した時、写した一枚の「ご来光」の写真を思い出して、悔恨の念に駆られる。私は、昭和59年8月1日、50歳半ばで、念願の富士登山を果たした。早朝、暗闇の中、カンテラを頼りに新5合目を出発し、「富士宮登山口」から山頂を目指した。遥か眼下に街の灯を眺め、心地よい冷気を頬に受けながら、2、3時間歩き、6合目を過ぎて疲れを感じ始めた頃、突然、東の雄大な宝永山の稜線に、黄金の「ご来光」が反射した。午前5時、一瞬、感動し、立ち止まって、無意識の内に手を合わせ、思わず、シャッターを切った。刻々と移り行く絶景を後にして、10時頃、無事、3776b、日本の最高峰に立った。山頂には、狭い場所に、神社、土産物店、郵便局などがあった。ここで、日本のパロナマを一望し、改めて、富士登頂の感激を味わった。軽い高山病を押して外輪山を一周し、楽しい数々の思い出を残して、夕刻、出発点に帰った。問題は、数日後、起こった。私は、現像した「ご来光」の写真を見て驚いた。「御殿場登山口」から登った見知らぬ登山者が、3名、朝日に祈っている姿が写っていたのである。それ以来、何かの縁と思い、写真を渡して、思い出を語り合おうと、登山者を探したが、雲を掴むような話で、無為に4半世紀が過ぎてしまった。
私は、美しい富士山を見る度に、写真の 3 名を思い出す。(2007/6/1)

鮎と赤ギギ

子供の頃、家の近くの吉野川で、いろいろな小魚を採って、ペット代わりに飼いました。故郷を離れてからも、吉野川が懐かしく、暇を見つけては近くの川へ行き、雑魚を釣って帰って、大きな水槽で飼ってます。しかし、どうしても、鮎だけは飼う事が出来ず現在に至っています。何方か、鮎を水槽で飼う方法を教えて頂けませんか。それから、当時、田舎で、赤ギギと呼んでいた数センチの小魚がいました。珍しく真っ赤な色をした魚で、子供の頃に見て以来、お目にかかったことがありません。消息を知っている方はおられませんか。「川の魚」と言う写真集では「アカザ」となっています。 (2006/10/9)

酒蔵見学の思い出

酒蔵見学のお誘いを拝見して
私は下戸ですが、若い頃、融資の仕事で、全国の酒蔵見学して回りました。当時は、殆どの酒造会社は年一回の季節醸造で、年間を通じて酒を造る四季醸造は、大きな酒会社とビール会が先行していました。酒造りの醸造原理は、天照大神の時代から不変で、酒、味噌、醤油、漬物なども同じ手順です。ウイスキーや焼酎は、化け物のようなフラスコで蒸留しますが、酒と親戚です。
世界に冠たる「和食」の秘密は、この醸造こにあるように思います。サントリー、キリン、大関など多くに会社は、見学者を大歓迎し、絞りたての透明な原酒を「利き酒」させます。
若い頃を思い出して酒蔵見学もまた楽しいかな・・・

島田洋七「佐賀のがばいばあちゃん」

遅まきながら、島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」「笑顔で生きんしゃい」「幸せのトランク」「かあちゃんに会いたい」を読んだ。夫々、話題は違うが、全巻、ユーモアとペーソスに満ち、読んでいて、爆笑し、感動し、涙する場面が多く、知らず知らずの内に、生き甲斐を教えられる。「がばいばあちゃん」では、ばあちゃんの機知に富んだ言葉が、痛快で、教訓となり、「笑顔で生きんしゃい」では、貧乏な生活でも、朗らかであれば運が開けると言う。「幸せのトランク」では、作者の貧しい結婚生活を、笑顔で生き抜いて、幸せを掴んだ体験を話し、「かちゃんに会いたい」では、おばあちゃん子の作者が、母を恋い慕う心情を吐露しており、各巻、読んでいて楽しく、気分爽快になる。比較的軽い読み物であるが、笑いの中に教えられる点が多く、中高生や新入社員には是非とも読んで欲しい本である。 (2007/10/10)

「田村明の闘いー横浜市民政府をめざして」

先日、先輩の田村明さんから「田村明の闘いー横浜市民政府をめざして」(学芸出版社)を贈ってくれましました。田村さんは、東大の工学、法律、政治の3学部を卒業し、日本生命、横浜市役所、法政大学教授を歴任した「まちづくり」の第一人者で、世界130ヶ国を歴訪して見聞を広め、「まちづくりと景観」「都市ヨコハマ物語」「イギリスは豊かなり」など多数の著書があります。今回の「田村明の闘い」は、80歳を越した田村さんが、横浜市の「まちづくり」の具体的な過程を集大成した「自叙伝」ですが、地方自治が叫ばれている昨今、一般市民にも面白くて役立つ本だと思います。田村さんは、「まちづくり」は、お上のする平板的な土木事業ではなく、市民が参加して、立体的で総合的な住み良いマチを創る哲学だと言っています。また、「イギリスは豊かなり」は、イギリスを何度も訪問し、「老大国」の潜在的な底力を看破した力作ですが、何か今の日本に共通した点があるようで参考になると思います。機会があれば、是非、読んで下さい。(2006/12/22)

「硬い本」と「軟らかい本」

先輩の「硬い本」と「軟らかい本」を紹介します。興味のある方は、是非、読んでみてください。 「硬い本」は、物理学者の増田正美氏が書いた「ゴルフの物理」です。著者は、1990年、セント・アンドリュースで開かれた「世界ゴルフ科学会議」でゴルフ理論を講演し、早くから「青木功プロのスイングは科学的だ」と指摘してきた理論家です。この本は、著者が「アマチュア向きに、ゴルフの基本的なことを、物理的な観点から解明した」名著で、「ゴルフ・ボールの流体力学弾道」「ミスショットの科学」「スライス、フッフの力学」「長尺ドライバー」等、興味ある内容です。


「柔らかい本」は、大手鉄鋼商社のOBである

山本信夫氏が書いた「接吻泥棒」です。著者は、小説「掏摸」を発表後、病気になり、執筆を中断していましたが、最近、再開しました。今回の著書は、高校生や大学生の願望を、面白可笑しく描写したもので、「接吻泥棒」「高校水泳部」「ワンスモアマシン」の三部作からなります。良き時代のの学生生活の一面を描いた爽やかな青春の本です。(2006/11/22)

自分の本を作りませんか

自分史、エッセイ、短歌、川柳などの出版が流行っています。 良い趣味ですが、出版社任せにしないで、自分で、編集、印刷、製本を手掛けるのも、非常に面白いです。印刷機と紙は簡単に手にいります。個人用の製本機も探せばあります。
後は、工作をするように、工夫しながら、写真や絵を挿入して、自分の「本」を仕上げます。想像以上に愉快なものです。
私は、50冊ぐらい作りました。本棚が自分の本で満杯です。 やってみたい方はおられませんか。 ( 兵庫県在住 70代 男性 )

ひと言

二大政党

選挙の噂があるが、有権者は、選挙の度に党を選ぶか人を選ぶかで迷う。考えてみると、わが国には、多くの政党があるが、実際には、共産党と公明党だけが結束力の固い集団であり、自民党や民主党などは、選挙のために金と人気を当てにしている集団で、全部、無党派のような感じがする。綱領やマニュフエストは似たり寄ったりで、区別が付き難く、田中首相の金権政治や小泉首相のパホーマンス政治ぐらいしか印象に残っていない。欧米の先進国では二大政党が鼎立し、明確な綱領を掲げて選挙戦に臨むので、有権者は判断し易く民主政治に参加する事が出来る。日本も、真剣に二大政党を考えて欲しい。(2007/12/15)

スポーツ選手の戒め

今年のスポーツ界では、大リーグの岡島投手をはじめ、多くの選手の活躍があったが、反対に、中日の中村紀洋選手、横綱の朝青龍関、ボクシングの亀田大毅選手などは、テレビ人気に煽てられて、天狗になり、傍若無人な行動をして、世間の顰蹙を買い、どん底に落ちたが、謙虚に反省し、人間的に一皮剥けて再登場してきた。喜ばしい事で、ここは素直に今後の活躍を期待したい。彼らの体験を見るまでもなく、選手は、強くなる前に、常識人であるべきで、若い選手は、謙虚な岡島選手や再起した中村選手、再生を期す朝青龍関や亀田選手の生き様を教訓にして、是非、社会人としての常識を身に付けてもらいたい。 (2007/12/15)

教養立国ニッポン

「文芸春秋」12月号掲載の藤原正彦・お茶の水女子大教授の「教養立国ニッポン」を読み、時機を得た「日本論」として共感を覚えた。教授は、「日本の国柄」を破壊したのは、愚集民主主義、経済至上主義、浅薄な構造改革と喝破した上で、現状のままでは、日本は、人心が乱れ、国が滅ぶと警告し、明確な「救国の提言」をしている。アメリカを軸とするグローバル化に流されず、「日本の教養」を軸に立てて、「日本の国柄」を取り戻せと言う。教養は、大局観、人間的魅力 国柄 楽しみ、文化の基であり、これを復活することで、日本人は誇りと自信を取り戻し、国威が再盛すると主張する。教授は、また、別の著書「日本の国柄」で、今、日本に必要なのは、理論よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、戦前を全て否定せずに、歴史的に確立した「国家の品格」を取り戻す事と力説する。多少、耳慣れない言葉もあるが、歴史を読み直し、教養を深め、日本の美徳を再認識して、日本人としての自信と誇りを取り戻せば、日本は「美しい国」になると言う。私は、早速、二人の子供に読むように薦めたが、関心のある人は、是非、読んで欲しい。 (2007/11/24)

予感

当てにならない話だが、近い将来、何か悪い事が起るような予感がする。戦争や病気は、初めは姿を見せず、気が付いた時には手遅れになり、災害は、油断した時にやって来るので、かってないほど大きな被害になる。最近、世間では、原油の暴騰、物価の高騰、円高ドル安、住宅ローンの破綻、株安、政局の混乱、地震災害など、波乱要因が目白押しであるが、市民は、われ関せずと知らぬ顔で、ブランド品の買い漁り、週日ゴルフ、競輪・競馬、宴会など金の無駄使い、過剰なイルミネーション、テレビの娯楽番組に熱中する等「昭和元禄」を謳歌している。多くの人は、内心、不安を感じながらも、自分だけは大丈夫として、何の対策も心構えもしていない。残念ながら、私も、良い対応策は思い付かないが、何か「悪い予感」がする。阪神淡路大震災の前、余震や奇妙な雲行きを見て、不吉な予感がしたが、よく似た気がする。皆さんは、如何思われますか。 (2007/11/24)

胡散臭い話

トラブルが、社会保険庁から防衛省へ伝播した感じである。国会は、国民を横に置いて、防衛利権を巡り、「山田洋行」の宮崎元専務と守屋前防衛省次官の接待問題を、空しく議論している。防衛利権に伴う贈収賄事件については、戦前は、シーメンス事件、戦後は、田中角栄のロッキード事件があるが、今回も、大臣経験者や現役閣僚など、胡散臭い大物が関与し、防衛利権について便宜供与の疑惑が浮上している。ここは、徹底的に調査して真相を究明し、真実を国民に公開して、責任者を厳罰し、恥ずべき疑獄が、二度と起きないようにしたい。国民は、政官界への不信は募るばかりで、八方塞であるが、行き着く所は、自分自身の一票にある。心したいものである。 (2007/11/24)

北朝鮮と交渉路線を取れ

うるさ型の評論家で知られる田原総一郎氏が、最近、北朝鮮を訪問した結果、北朝鮮の変貌振りを直視し、新聞で「北朝鮮と交渉路線を取れ」と主張しているが、一考に価するように思う。田原氏は、「北朝鮮をめぐる世界情勢は激変し、日本との関係だけが凍結している。欧州連合や米国は、北朝鮮と積極的に交流を始め、資源への投資、本格的な開発を進め、ビジネスが政治に先行しているが、日本は、完全に出遅れている。北朝鮮は、日本の経済制裁には痛痒を感じていないので、制裁から交流に、方針を転換する時期のように思う。ただ、交渉の前提としては、(@)過去の清算〔A〕経済制裁を解く(B)朝鮮総連の自由な活動などが必要である」と言う。核や拉致の問題があり、反対意見は多いが、福田首相も、全方向外交路線を取っており、タイミングは良いように思う。まず、政治に優先して、スポーツ、芸術、文化、財界人交流、輸出入の拡大などを計る工夫をしてみては如何であろうか。人が交流している内に、北朝鮮の事情も判り、拉致問題も進展するような気がする。(2007/11/24)

プロ野球のために

秋に、宮崎へ行った時、ホテルのエレベーターで、王監督と乗り合わせた。その時、同乗の婦人が、監督に「主人は胃を全摘して、ダンピングや腸閉塞で苦しんでいますが、監督さんは大丈夫ですか」と話しかけた。監督は、見違えるほど痩せていたが、力強い声で、「ダンピングは、少し落ち着いたが、手術直後、食べ過ぎて病院に逆戻りしました。ケアーは大変です」と言って、婦人に、主人の状況をいろいろ尋ねていた。ガンは、手術後、5年間、ケアーする必要があり、監督も、現場復帰したものの、内心、転移や再発を心配している様子であった。私は、ガンで胃を全摘しているが、手術後、2、3年間は、ダンピングや腸閉塞で苦しんだので、王監督の早過ぎる復帰を、はらはらしながら見ていた。先日、元・西鉄の稲尾投手が亡くなり、先に、長嶋監督が脳梗塞で倒れ、王監督が胃ガンの手術を受け、名選手が欠けて、プロ野球も、段々、淋しくなってきた。私は、エレベーターの王監督を思し、プロ野球界のためも、よく自重されて休養し、心身ともに完全に快復してから、監督に復帰して欲しいと願った。 (2007/11/24)

ささやかな賭け

(株)ワキタが、社内ゴルフ大会で、一口、500円のカケをして、「賭博」として騒がれている。法に触れるのは良くないが、重箱の隅を突いているような気がする。アマチュア・ゴルフでは、チョコレートの代わりに小口のカケをし、賞品の代わりに賞金を出すのは、珍しい事ではなく、「競馬」も日常行われている遊びである。世の中、嫌な事件が多い中、この程度は庶民の愛嬌ある楽しみとして、目くじらを立てなくてもよいのではないか。甘過ぎる考えだろうか・・・。 (2007/11/3)

死刑存廃論

鳩山法相の死刑執行に関する発言で「死刑存廃論」が再燃している。近い将来、民間人の裁判制度が導入されるので、議論の時期としては、グッド・タイミングと思う。私は、半世紀前、滝川教授の元で刑法を学み、卒業論文では、教授に反対して、死刑廃止論を主張した事があるので、今回の死刑存廃論には興味がある。考えてみると、死刑存廃論は、感情と理屈のぶつかり合いで、被害者の立場に立てば、抑制力や感情論から、死刑は必要であり、客観的な立場に立ては、誤審の危険性と人道的見地から、廃止を主張する。長い間、双方の主張は平行線を辿り、結論のないまま空しい議論が続いており、ここ50年間にも、死刑存廃論に大きな進展はない。しかし、歴史的に見ると、死刑廃止国は徐々に増加し、刑罰も、一般的には軽減傾向にあるので、何れ、死刑制度は廃止されるような気がする。理由は如何であれ、死刑は、戦争や殺人と同じように、人命を奪うのだから、教育的見地からもなくすべきである。なお、民間人の裁判制度導入については、死刑論と同じように、感情で、裁判を左右しないかと危惧している。 (2007/11/1)

嫌な社会保険庁の窓口

社保庁が、袋叩きに合っているが、私も、社会保険事務所へ年金の受領申請に行った時、非常に苦い経験をした。年金は、自分の納めたものなので、軽い気持ちで受け取りに行った所、窓口の職員は、物乞いに対するような横柄な態度で、散々、嫌味を言って何度も書類を差し戻され、最後に、しぶしぶ受領され、実に嫌な思いがした。しかも、後日の通知書では、何の説明もないまま、支払いは、申請後、一ヶ月遅れのスタートとなっていた。当時から、不愉快な役所であったが、最近、数々の不始末を起こし、成程と思った。当面、社会保険庁を解体し、民間委譲を検討していると言うが、何処かで事務処理はするのだから、相手の立場になって、対応するような教育をして欲しい。ただ、気になるのは、税金泥棒は、社会保険庁だけでなく、他の官庁や市町村まで蔓延しているような気がする。難しいことはいらないが、判り易くて、気持ちの良い政治をして欲しい。 (2007/10/15)

新内閣の目玉に期待

福田新内閣が、難題を背負って船出した。政治と金、年金、消費税、領収書、公共投資、核、拉致、給油 景気、格差など前途多難であり、簡単に事は運ばないと思うが、新内閣の目玉と言われる、舛添厚労相と渡辺金融相の活躍によって、突破することを期待したい。両大臣とも、対応は歯切れがよく、単刀直入形で、聞いていて耳障りはよいが、年金問題や公務員制度は、複雑怪奇で、簡単に解決できる課題ではないので、腰を据えて取り組んで欲しい。功を焦って、目先の対症療法だけに捉われることなく、長期的な視野に立って、じっくり対処してもらいたい。人も組織も、生き物であり、地位や権威だけでは動かし難いので、よく過去の経緯を踏まえ、周囲の意見に耳を傾けて、基本的な制度を確立して欲しい。二人の言動を見ていると、多少、張り切り過ぎているような気がするので、僭越ながら親心で、感想をメモした。 (2007/10/5)

保険金の不払い

生保の保険金不払いが問題になっているが、私は、生保に40年間勤務し、現在、年金生活をしているが、当事者の一人として責任をかんじている。実は、私自身、会社にいた時、ガン保険の保険金不払と子供保険の保険料の過払いがあり、当時は、特殊な事例として納得していたが、最近の事故報道をみていると、私の場合も、例外ではなかったようである。考えてみれば、生保は、戦前、保険屋と言われ、株屋、土建屋と共に蔑まれていたが、戦後、経済成長と国の保護政策があり、併せて、医学の進歩とインフレが追い風となって、マンモス会社となった。しかし、実態は、人海戦術による成金会社で、経営が規模の拡大に追いつけず、保険商品が判り難い上に、資金運用も超安定一本槍で、時がたつにつれて、大規模組織病が蔓延し、経済成長の鈍化と共に、体質上の弱点が暴露してきたように思う。現時点では、生保は、四面楚歌で、将来は、更に、環境の悪化が予想され、経営は、益々、厳しくなるが、ここは、最後のチャンスとして、関係者全員が、謙虚になって、大会社意識を払拭し、昔の「保険屋」に立ち返って、人の役に立つ保険会社に脱皮したい。世界一のコンピューター都心に林立する大ビルディングも、心の篭った地道な活用をしない限り「猫に小判」となる。生保の無限の潜在力を期待したい。 (2007/10/10)

国技の改革

1500年の歴史を持つ国技の角界で大波乱が続いている。先に、横綱・朝青龍が仮病で問題を起こし、今度は、時津風部屋と武蔵川部屋で、死傷者を出し混乱している。しかし、冷静に見れば、角界は、元々、閉鎖的で、暴力的な徒弟制度が残り、上下関係が厳しく、時代錯誤的な面があったので、事件は、起こるべくして起こったように思う。相撲は、日本文化のシンボルと言われるが、古風な衣装の行司を挟んで、象のような男が、裸で、ちょんまげを結び、ふんどし姿で、公衆の面前で格闘をする光景は、どう見ても野蛮であり、闘牛と同じように興味本位の「見世物」の感じがする。いずれにしても、現状のままでは、相撲人気は凋落し、弟子入りがなくなり、国技は寂れてしまう恐れがあるので、この際、相撲協会や関係者は、個々の対処療法だけでなく、角界の現状を根本的に見直し、外部から人を入れて、運営をオープンにし、近代化をはかる必要がある。力士は、既に国際化しており、彼等に恥じないようにスマートで文化的な国技に脱皮して欲しい。 (2007/10/5)

政治が面白い

無責任な言い方だが、最近の政治が面白い。9月12日、安部首相が、内閣を改造して、施政方針演説後、突然、辞任したが、先に、細川首相が、内閣を投げ出して以来、2度目の無責任な敵前逃亡で、有権者としては情けなくて物が言えない。安部首相は、何の哲学も無く、小泉首相の負の資産を背負い、若さと不運な父への同情から、付和雷同の国民の人気を得て、首相になり、時代錯誤的な戦後体制の改革と憲法改正を掲げて、政治に臨んだが、敢え無く1年で討ち死にした。26日には、派閥の力学で福田内閣が発足したが、見受けた所、新首相は、最近の首相の中では、政治哲学を持っており「自立と共生」をテーマとして、話し合いで事を進めると言う姿勢は共感出来る。新内閣の顔ぶれは、殆ど安部内閣を継承しているが、トップが代わると、何だか別の力を発揮するような気がする。年金、官僚組織、税金、給油、拉致、外交など問題は山積しているが、幼稚な強攻策一本槍でなく、話し合いで地道に対応すれば、解決の道は開かれるように思う。首相公選で、麻生、福田両候補が、地方遊説をして有権者の人気を勝ち取ったが、自民党は、これを教訓として、国民に判る政治を 心がけてほしい。(2007/10/5)

異色の東大教授

建築家の安藤忠雄氏が、東大教授を退官して1年半になるが、先日、偶々、東大時代の思い出話を聞いて、感動するとともに教えられる点があったので、要旨を紹介したい。安藤氏は、高卒の自分が、東大教授に招聘された時、最初は、畑違いと思い断ったが、後で、東大の生活に好奇心が湧き、優秀な教授や学生と交流すれば、勉強になり、建築偏重の自分の視野が広がると思い引き受けたと言う。結果的には大成功で、東大には多彩な人材がおり、設備も完備し、研究機関としては申し分なく、自分自身、人の輪も見識も一回り広がった。ただ、希望としては、東大は、もっと国際化し、教授や学生の3割程度は外国人として、外国語の講義を増やすべきだと言う。そして、安藤氏は、東大教授をしたことで、建築は、単に箱物を作るだけでなく、人と自然と環境のバランスを構築する学問だと悟り、以後、仕事の場面で実践した。阪神淡路大震災では、箱物の脆さにショックを受け、その後の建築設計では、耐震と環境を考えて周囲に木を植えることにした。瀬戸内海については、500の島にオリーブを植えて緑化をはかり、行く行くは海洋牧場にする構想を持っている。地球温暖化防止 策も、こんな所から、地道に対応する必要がある。日本人は、自国の良さに気が付いていないが、外国人は、日本は自然が豊かで美しく、食べ物も豊富で長寿国であり、住みたい国だと言う。日本人は、自信を持って、美しい日本を大切にしたいと力説した。私達も心したいものである。(2007/9/3)

県立佐賀北高校の快挙

天災地変や人災続きで、暗雲が垂れ込めていたこの夏、最大の快挙は、甲子園で、県立佐賀北高校が、私立の強豪を薙ぎ倒して優勝したことである。近年、高校野球も商業化し、特待制度や国内留学制度で集めた選手が多い中、佐賀北は、進学校で、選手は、校区内の中学卒業生ばかりで、グランドも他の運動部と共用で、細々と練習し、甲子園の代表になった時も、監督や選手を勿論、地元のフアンも、1勝出来れば大成功と思っていたと言う。しかし、甲子園では、百崎監督以下全選手が、謙虚な気持ちで普通の野球をし、1試合毎に力をつけて決勝戦まで進んだ。決勝戦では、7回まで、名門・広島広陵高に4−0とリードされ、日本中の誰もが、広陵の優勝を確信していたが、佐賀北が、8回に大奇跡を起した。久保投手の好投と全選手の粘り強さが実って、副島選手が満塁ホームラン打ち、あっと言う間に大逆転した。多くのフアンが、佐賀北の快挙に、本来の高校野球の爽快感を味ったはずで、東京6大学野球で、東大が優勝したぐらいの驚きであった。とやかく言われている高校野球も、これを期に、本来の姿に返って欲しいものである。佐賀県と広島広陵については、丁度、 島田洋七の「佐賀のがばいばあさん」が、ベスト・セラーとなっており、何か因縁めいたものを感じる。高校球児頑張れ! (2007/9/1)

味気ない政見放送

参院選が近くなり、NHKが、候補者の政見放送をしているが、ワンパターンの画面で、北鮮放送のように味気なく、候補者の熱意も主張も全く伝わってこない。NHKは、義理で放送している感じがするが、NHKも候補者も、もっと工夫をして、面白く、真意の伝わる放送にして欲しい。党首は、首を賭けて、「天下分け目の選挙」と言うが、選挙権者には、実感が湧いてこない。マニフェストのパンフレットも、充分ではなく、選挙権者は五里霧中で、選択に迷い、義理の投票をするか棄権する羽目になる議議会制民主政治の弱点だろうか・・・。 (2007/7/25)

清き一票

参院選挙の公示日である。安部首相も小沢代表も、天下分け目の決戦と叫び、年金、憲法、教育、財政、税金など論点は多いが、各党とも主張が曖昧で、マニフェストも不十分であり、選挙権者には、真意も危機感も伝わって来ない。テレビや街頭演説で、「反対」「頼む」「棄権するな」と言うだけでは、選挙権者は、いらいらするだけである。選挙運動は、相変わらずパホーマンス合戦で、増税の元凶である前首相も、いまだ人気は衰えず、行く先々で大歓迎されている。選挙権者は、一票と政治の繋がりを知らないかのように、無邪気に付和雷同しており、今度の選挙も、感情と義理で、大きく左右する感じである。しかし、ここは、厳しい生活環境を、じっくりと見つめて、少し長い目で先行きを考え、頼りがいのある党や人に、清き一票を投じたいものである。 (2007/7/16)

一票のジレンマ

選挙が近付くと、いろいろの迷いが出てハムレットの心境になる。 まず、選ぶのは党か人で迷う。党については、共産党と公明党は、主張や結束から、一応、党の形をしているが、自民党や民主党は、金と票に群がる曖昧な集団に過ぎず党ではない。人については、選挙掲示板で顔写真を見る程度で、人物も公約も判断し難く、投票者を決めるのは無理である。次に、公約、所謂、マニフェストで迷う。憲法を除けば、年金、税制、教育等も似たり寄ったりの主張で、選択の基準にはなり難い。更に、迷うのは、自分の一票の効果である。一票を投じても、その候補者が当選しないと無意味となる。当選したとしても、政権政党の有力議員でないない限り、公約の実現は無理でる。そして、最後には、どうせ無駄な一票であれば、棄権するのと同じだと迷う。結局、多くの選挙権者は、目標が定まらず「無党派層」となり、候補者のテレビ出演回数、義理、利権供与等を目安として投票する。そのため、国政は、気紛れに左右され、行き着く所は、悪政、増税となり「こんなはずでなかった」と後悔するが、後の祭りである。更に不満が嵩じると、議会制民主政治を疑い、独裁政治に郷愁を感じて、取り返しが付かなくなる。これでは、大きな犠牲を払って民主政治を勝ち取った意味はなくなるので、国民は、議会制民主主義の真意を凝視し、真摯に政治と取り組んで、迷うことなく清き一票を投じたい。「一票は地球よりも重い」のである。個人的には、欧米先進国のような二大政党政治となり、公開討論を開き、判りやすいマニフェストを出して、選挙民が、迷うことなく候補者を選択できるようにして欲しい。現時点での近道は、民主党が力を付けることである。兎に角、投票だけは行くことにしたい。 (2007/7/16)

社会保険庁

社会保険庁が、年金問題で立ち往生しているが、元々、年金は、ドンブリ勘定で、小回りのきかない役所では対応不可能な部門である。国民は、保険料を取られながら、社会保険事務所へ年金の受給に行くと、貧乏人扱いをされ、電話で問い合わせると、長時間待たされて盥回しにされる。自分が納めた金であるが、受け取る時は、役所から下付される感じである。しかも、年金に関する情報開示は殆どなく、年金制度、収支計算、資産運用、事務管理なども大雑把であったが、表面上は、ボロを出さずに運用してきた。しかし、最近、少子高齢化、団塊の世代の定年など、年金制度のマイナス面がクローズ・アップし、そこへ、年金の給付漏れ問題が起こり、7月の参院選挙の思惑も重なって、国中、大騒ぎとなっている。このまま、目先の事で、足を引っ張り合いをし、抜本的な手を打たなければ、年金制度は、確実に破綻する。この際、国民は、現行の年金制度の本質を見極め、社会保険庁をよく監視して、情報公開、資産運用、収支計算、将来性などを明確にさせて、国民に役立つ年金制度を確立するように運動したい。 考えてみれば、このドタバタ劇は、政府、社会保険庁、国民の三者共に責任があるように思う。政府や社会保険庁の不手際は判るが、国民も、今更、じたばたして、窓口相談や電話対応で不満をぶちまけるだけでなく、自らもよく勉強して、政府に対して、制度の円滑な運用を計るように働きかけたい。顧客対応の電話は、社会保険庁に限らず、電気製品でも自動車でも、繋がり難く機械応答で盥回しにされる。要は、現在の年金制度の不満も、選挙の時の国民の一票の結果であることを認識し、次の投票からは慎重を期したいものである。 (2007/6/25)

クール・ビズ

クール・ビズが、喧しく叫ばれている。安部首相や閣僚も人気取りのために、無理をして、ネクタイをはずし、遊説地では、地元のスタイルをする。  しかし、スーツにノウネクタイは、見た目には、相手に対し失礼で、だらしなく、涼しさは感じられない。出来れば、スーツなしで、もっとスマートなシャツ姿に統一した方が、格好もよく健康的な気がする。アナウンサーやタレントまで、ノウネクタイを真似して粋がっているが、もっと大人になって欲しい。

金の亡者

官製談合と天下り、政治家の政務調査費、官公庁の裏金、贈収賄、華美な贈答、接待ゴルフ、宴会、詐欺横領、自殺など、夫々、性格は違うが、金銭に纏わる事件が多発している。官界も、財界も、学界も、スポーツ界も、プロもアマも区別なく金銭問題が蔓延し、わが国は、年々「汚い国」になっているような気がする。人間は、自分で稼いだ金でない限り、一旦、金が動くと「金の亡者」になり、法を犯しても金を貯めたくなる。常識人であれば、詰まらない金で、社会的信用を失墜し、家族の生活を破綻して、一生を棒に振るような事はしないが、それでも、毎日、金に纏わる嫌な事件が続いている。これを、断絶しなければならないが、当の国民は、他人事のような感じで眺めている。安部首相も、念仏のように「美しい国造り」を唱えるだけで、実際には、何等具体的な手を打たず、返って「醜い国」になっている。単に、法律を作るだけでは、タガの緩んだ国を浄化して「美しい国」にするのは無理である。ここは、国民一人一人が、国の現状を認識し、自分の責任と義務を自覚して、良識的な行動をとり、少しでも「美しい国」になるように心掛けたい。一票は重要である。 (2007/6/20)

ご用係り

最近、公認会計士、税理士、監査役などが、2,3、トラブルをおこしているが、これらの職業は、法律的には独立しているものの、実際には、企業の「ご用係り」の性格があり、日常の活動は、企業の制約を受けざるを得ない。企業とすれば、決算対策や節税など企業利益のために、会計士や税理士に報酬を支払うのだから、会計士や税理士も、企業利益を無視してまで正義を通すことは難しい現状である。公認会計士や税理士に、法の監視役を期待するのであれば、こんな「ご用係り」のような立場を分断し、報酬は、少なくとも、法の監視を期待する側が負担すべきである。フル稼働しているとは言えないが、国選弁護士のように、会計士や税理士にも、国選制度が必要なのかもしれない。いずれにしても、現行制度のまま、公認会計士や税理士にだけを責めるのは、片手落ちのような気がする。 (2007/6/18)

求人広告と増税

街の景気は、新聞の折り込み広告の量でわかる。長い間、自動車、不動産、旅行、スーパー等のチラシが多かったが、最近は、中小企業の求人広告が目立ってきた。聞きなれない企業の臨時社員募集が殆どであるが、好景気で、人手不足が、こんなに逼迫しているのかと驚かされる。政府や日銀の景気判断も絶好調なので、実際に、街の景気は良いと思われるが、私には好況感は全く伝わって来ない。寧ろ、年金は、毎年、減り、好景気の恩恵は無くなくて、先行き、景気が下降すれば、生活は、一層、窮屈になると思い憂鬱になる。負け犬の遠吠えになるが、19度の市民・県民税は、昨年度に比べて3倍強で、18年度の81500円が260800円となった。市役所に問い合わせると、「年末に所得税が少し減る。法律が改正されたので、納入して下さい」と問答無用の回答があった。先に、改正税法について、市役所から一片のチラシが配布されたが、どう読んでも、3倍の増税にはならない。弱い年金受給者としては、 せめて、市長や県知事から、挨拶状が欲しい気持ちである。結局、選挙の時の甘い一票が、こんな結果になったのだから、次回からは、一票を大切にしたいと反省している。(2006/6/11)

評論家天国

わが国は、傍観者的な立場の評論家や解説者等が多く、威張り過ぎの感じがする。しかも、彼らは、一切、責任を負わないのだから、こんな楽な職業はない。無責任の極みは、政府や日銀の担当官で、超大型のコンピューターを駆使しながら、経済見通しは当たったタメシがない。政治評論家や経済評論家が、学者面をして、高邁な話をするのも鼻持ちならない。株式評論家は、競馬の予想屋と同じで、単なる予想屋に過ぎないが、さも専門家のよう株式見通しをするので、庶民は騙されて大損をする。天気予報士は、庶民の日常生活に最も近いが、予想外れが多く迷惑この上もない。野球解説者や芸能評論家は、娯楽として聞けば腹は立たない。殺人事件、医療事故、航空事故等が起こると、弁護士、警察OB、大学教授、医者などが顔をだして、もの知り顔に解説をするが、食傷気味である。評論家は雑多あるが、吉本興業のタレントが目立つのは気になる。例外としては、民間企業の経営者の決算予想がある。経営者は、決算見通しを誤ると、周囲から非難を浴びる恐れがあるので、一般的には、控え目で余り無責任なことは出来ない。無責任な評論家の天国は、平和の象徴かもしれないが、符に落ちない点が多い。評論家も、今のように言いたい放題ではなく、せめて、企業の経営者並の責任を持ってほしいものである。そうすれば、タガの外れた世の中も、少しは締まってくるように思う。かく言う私も、まさに評論家の一人になっている。(2007/6/3)

東国原知事へのお願い

宮崎県の東国原知事が、就任以来、獅子奮迅の活躍をしている。たけし軍団から抜けて、宮崎に帰り、県民の支持を得て知事に当選し、以来、県の看板となって「営業活動」に専念し、涙ぐましい活躍をしている。これまでは、順風満帆で、周囲の目も概ね好意的であり、県民の支持率は86パーセントに達し、今後の活躍を大いに期待している。

宮崎県は、元々、自然に恵まれた温暖な地方で、県民性も穏やかで人情があり、神話、温泉、レジャー、観光など開発資源も豊富で、発展は大いに期待できるが、ここで、私が、東国原知事にお願いしたいのは、目先の営業活動だけに留まらず、少し長い目で、透明で判り易い政治をし、県民の生活向上に資し、引いては、他県のモデルとなってほしい事で、そのためには、知事が、一人で、ばたばたするだけでなく、早急に、参謀役の専門家集団を組織し、彼らの知恵を借り、長期的に幅広い県政をやってほしいことである。就任当初、東国原知事は、参謀役の副知事に、対立候補の持永哲志氏を考えていると聞き、私は、知事の慧眼に感嘆したが、周囲の陳腐な反対意見に押されて、諦めてしまった。私としては、千載一遇のチャンスを逸した感じがして残念であったが、その後、自治省出身の総務部長・河野俊嗣氏を選任したので、一応、参謀役としての最低条件はクリーアーした形である。しかし、なるべく早い機会に、河野副知事の下に、各分野の専門家集団を編成し、東国原知事のフフレッシュな政治感覚を実現するように希望する。何時までも、面白がって、テレビに出て、人気取りの政治をするだけでは、政治改革を期待した無党派層も、いずれ、ソッポを向く恐れがある。地方政治家の星として、是非、成功してほしい。(2007/5/20)

安倍首相の外交

安倍首相の外交には目を見張り、大いに期待しています。就任直後、近くて遠い国であった韓国と中国を訪問して、門戸を開き、前・小泉首相のアメリカ一辺倒を打破したことは、大成功だと思います。その後、アメリカに敬意を表し、ヨーロッパ各国へ廻った事は、日本国民の願望を叶えた感じです。靖国神社や慰安婦についても、凍結した形で、国民も、一応、暗黙の了解をしていました。しかし、最近、選挙対策のためか、靖国神社に奉納し、慰安婦問題の言い訳をしていますが、この点、大いに気になります。いずれも、感情的な問題であり、明快な解決策はないので、憲法改正と共に、誤解を受け易い問題なので、近隣諸国の嫌がることは避けるのがベターだと思います。安部首相は、度量を持って、常識的で、諸外国にも国民にも、判りやすい外交をしてほしいものです。(2007/5/20)

一票の重み

統一地方選挙もまもなくである。年金の問題も当然争点になる。(なってもらわなくては困る。)年金は、定年退職者にとって命綱であるが、毎年、減額されるので先行き不安になる。定年になると、普通は、住宅ローン、ビジネス上の被服費や交際費、養育費や教育費等の支出はなくなるが、生活費、付き合い上の交際費、教養娯楽費、旅行、健康維持、医療費、保険料等は必要であり、ここの所、支出は増えるばかりである。定年後、夫婦が、普通の生活をするには、概算で、年間、5、6百万円は欲しいと思う。なんとか国民年金と厚生年金で最低の生活は出来るが、インフレになれば、蓄えがないと生活が出来なくなる。節約して蓄えをしておけばよいのだが、教育や住宅・・・など、なかなか厳しい現実がある。考えてみれば、自分の一票が、全ての出発点のような気がする。(2007/3/25)

「美しい国、日本」に期待

安倍首相が施政方針演説(先の166回国会)で「美しい国、日本」を標榜して、経済成長力の強化、再チャレンジ社会、魅力ある地方の創生、地方行財政の改革、教育再生、健全で安全な社会、主張する外交、憲法改正の研究など素晴らしい施策を表明した。
何れも重要テーマなので、目先の人気取りや選挙対策ではなく、国会でよく議論し、国民の意見を充分に聞いて、長期的な視野に立って実行してもらいたい。国民も、テレビ人気やスタンドプレイに惑わされることなく、責任を持って対処したい。
施政方針のうちで、「教育再生」「憲法改正」「外交」等は、国の根幹に拘わる重要問題なので、私見を陳べておきたい。「教育再生」は、単に「ゆとり」や英語教育ではなく、幅広い教養が身に付くように、全科目を徹底的に勉強させて、公正な競争をさせるべきである。「憲法改正」は、軽々に扱うべきではない。現行憲法の下、60年間も戦争が無かったのは厳然たる事実であり、「押し付けられた憲法」と言うだけで改正を議論すべきではない。100年の計で、取組む気構えが必要である。「外交」については、日本には、核兵器がなく、命を投げ出して闘う軍隊もないので、弱気になるのは止むを得ないが、国益を優先し、選挙、人気取り、感傷的な人情論に迷わされるべきではないと思う。
「美しい国、日本」が、絵に描いた餅にならないように願いたい。 (2007/3/20)

普通の子を東大に入れる

私は、「普通の子供を東大に入学させる」コンサルをしていますが、毎年、東大の入試の発表で、本人や身内の悲喜交々の光景を見て、感激をしています。最近、東大は、とやかく言われますが、受験生にとっては憧れの的で、日本では最高の大学だと思います。一見、入学試験は難しい感じがしますが、ごく普通の子でも、少し注意して準備をすれば入学出来ます。
年間、3500名ぐらい入学するので、高校野球で甲子園に出場するよりは、遥かに易しいはずです。私は、東大入試の相談を受けると、まず、親が、家庭教師になることを条件にし、学校や塾は補助とします。そして、入試の特徴は、「記憶と答案技術と平常心」であることを教えます。
具体的な勉強は「教科書」に絞り、学校の進度に関係なく、徹底的に反復し、隅々まで「記憶」させます。記憶し難い事項は、その都度、サブ・ノートをとり、暇な時に見るようにします。参考書は、各科目一冊とし、あくまでも教科書の補助とします。答案技術は、出来るだけ多く問題に当たる事で、場合によっては、答えを先に見て、解答練習をするのもよいと思います。最後は、平常心の問題ですが、受験場では、緊張して、実力の6割程度しか出せないので、受験勉強は、なるべく悪条件の場所でやり、武者修行のために、模擬試験は機会のある度に受けさせます。東大は、余り捻くれた問題は出さないので、普通の勉強をして、平均、65点を取ればパス出来ます。スポーツの「親子鷹」は参考になります。
受験は、「記憶」の勝負ですから、塾で、時間の無駄使いをするよりは、親が、相談に乗って、時間を有効に使うべきです。しかし、東大に入学すれば、「記憶」の勉強は捨てて、「考える」勉強をし、幅広い人格を身に付けて、社会に貢献して欲しいものです。雑言に惑わされずに、まず、受験戦争に勝つべきです。自信を持って頑張って下さい。(2007/4/1)

議員宿舎の問題

議員宿舎や県知事の公舎が、税金の無駄使いだと議論の的になっているが、要は、仕事とのバランスの問題で、仕事さえきっちりしてくれれば、何も言うことは無い。それよりも、豪華な都庁や県庁に比べると、国会議事堂や議員会館が貧弱で、特に、議員会館は、古くて狭くて、議員には気の毒なほどである。経費節減を問題にするのであれば、議員や公務員の数を調整すべきで、公人としての会館や宿舎は、ケチケチすることは無いと思う。(2007/4/13)

命とお金

日本中、「命」と「金」の感覚が麻痺しているように思います。毎日、殺人や自殺が多発し「命」が軽視され、スポーツ界やIT業界では、「金」が異常に躍り、何かが狂っているような気がします。ここは、国民がよく自覚し、「命」と「金」の問題を慎重に検討し、早急に対処しない限り、国全体が弾けて吹っ飛んでしまう危険性があります。「命」と「金」が尊重されない限り、安倍首相の「美しい国」は、実現しないと思います。 道徳教育も大切ですが、個人の自覚が鮮血だと思います。 (2007/4/1)

平和を願う

以前、「サルの惑星」と言うSF映画を見た。内容は、核戦争で地球が壊滅する話で、当時は空想の娯楽映画とみたが、最近、あの映画が、現実の話になるのではないかと心配している。日本は原爆の被爆国として、戦争を忌避しているが、世界の情勢を見ると、戦争は、永遠に地球上から無くならないのではないかと疑う。
戦争は、勝っても負けても得する事はなく、誰が考えても馬鹿げているが、今尚、世界各地で紛争は続き、毎年、核保有国は増大している。先日は、また、テレビで「世界兵器見本市」の放映があり、世界の「死の商人」が、挙って新兵器を展示し、猛烈な販売活動をしていた。国連では、核兵器禁止を謳い、平和を主張する国が、武器を作り、販売し、新兵器を使って、戦争をして殺戮し合っている。兵器は、人間を殺す道具で、戦争は、人の殺し合いである。平和を愛する国が、一方では殺人の武器を作る。同じ人間の行動とは思われず、金儲けとは言え常識では理解し難いことである。
平和運動も空しく響き「神」は、あるのかと疑い、「神」は、地球の人口を調整するために、人類に戦争を残していると疑わざるを得ない。
「猿の惑星」は現実化し、地球は壊滅へと突き進んでいるのかも知れない。人類が、地球の運命を真剣に考える時期にあるように思う。 (2007/4/2)

ドラフト制度について

プロ野球のドラフト制度が揺れていますが、角を矯めて牛を殺さないようにして欲しいものです。理想としては、選手の自由意思で、好きなチームに入団する制度がよいですが、現実には、会社の立場やフアンの立場もあって、抽選、希望入団枠、FAなど、チーム力の平準化を狙った中途半端な制度となっています。しかし、基本的には、選手の人権を優先すべきで、その意味では、希望入団枠の撤廃、FA短縮は改善のように思います。籤引きで、選手の一生を左右する現行制度は、出発時点から矛盾を抱えています。
改善するとすれば、「選手の人権」を基本に考えて、長い目で見て検討してもらいたいものです。そして、応援しているファンを裏切らない、野球少年たちに夢を与えてほしい。 (2007/4/1)

頑張れ!片山幹事長

今朝、テレビで「官僚の天下り」について、渡辺・行革大臣と片山・参議院幹事長の対談を聞いた。二人とも、基本的には同じ意見であったが、片山幹事長の話に説得力があった。幹事長は、「天下りが、業者談合の全てではない。有能な官僚は、どしどし適材適者に配置すべきである」と言う。幹事長は、がめつい顔をしているが、人格者で博学多才であり、弁舌も達ち頼もしい限りである。少し年を取っているが、こんな人物が首相になれば、内政も外交もしっくり行くと思う。頑張れ!片山幹事長。 (2007/3/23)

渡辺大臣へのお願い

渡辺大臣は、活発で、論旨が明快であり、行政改革、公務員制度改革、地域活性化、道州制などを担当し、国民の期待を集めている。先日、テレビに出演し、公務員制度の改革に触れ「能率給の採用」や「天下りの廃止」等を力説し頼もしく拝聴したが、その前に、私は、是非、大臣にお願いしたい事がある。先ず「能率給の採用」については、国会議員の報酬を俎上に載せ、国会の出欠状況、会議中の活動、成果の優劣など公平に評価して報酬を決めて欲しい。「官僚の天下り」については、政、官、民が、敵対するのではなく、パートナーとして信頼し合い、夫々の役割分担に照らし、有能な官僚は、政界も民間も有効に活用すべきである。「天下り」と言う言葉だけに拘泥せず、適材適所に活躍出来る場を提供して欲しい。「天下り」即「談合」と言うのも単純すぎると思う。渡辺大臣!功を焦らずにジックリ取り組んで下さい。(2007/3/10)

ささやかな願い

朝起きると、交通事故、殺人事件、自殺など惨い「死」の報道が目に付く。時と共に増加しているので、先行きどうなるのかと不安になる。
一方では「命は地球より重い」と教えられるが、どうも効果はみられない。何故だろうかと考え込む。基本的には、敗戦で、国全体のタガが緩んだ事によるが、責任の一端は、テレビ、新聞、雑誌、小説など、無責任に「死」を扱い過ぎることに起因しているように思う。テレビのチャンネルをひねると、事件モノ、チャンバラもの等、ごく簡単に「死」を扱っており、漫画も然りで、「命は鴻毛より軽い」感じである。道徳教育を云々する前に、この辺を慎重にしてもらいたい。ニュースの報道でも、「死」はもっと少なくし、人助けやボランティァ等美談を多くして欲しい。長い目で見れば、この方が効果はあると思う。老人のささやかな願いでる。(2007/2/19)

漢文の発見

英語を勉強して50年以上になるが、読むことが出来ても、会話はモノにならない。諦めかけていた時、偶然、漢文で、李白、杜甫の詩を読み始め、史記、三国志などを手がけてみると、漢文と英語は、よく似た構文である事に気が付いた。発音は判らないが、漢文の詩や小説が、英語の勉強につながり、勇気百倍している。年寄りの冷や水ながら、英語も諦めずに精進したい。(2007/2/19)

北京オリンピックの杞憂

万里の長城

先日、北京へ行き、いろいろ新しい発見をしてきました。
先ず、驚いたのは、北京の空一面が濃いスモッグに覆われ、飛行機の離着陸に支障を来す事です。工場や自動車の煤煙、砂漠の黄砂、工事中の粉塵等、大気汚染が甚だしく想像を絶する程でした。しかし、街並は、万緑の中、古代オリエントと近代ヨーロッパが混在し、さすがに美しく、天安門広場、故宮、天壇、歴史博物館、頤和園、動物園のほか、オリンピック施設、特に「水立方」プールは、見事なもので、近郊の「万里の長城」や「明の十三陵」にも感動しました。大通りは、車と人と物で溢れ、活気があり、丁度、高度成長期の日本と同じでした。超一流ホテルに泊まり、京劇を鑑賞し、本場の北京ダックを賞味して、日本のルーツを見つけた思いがしました。見るもの全てが、馬鹿でかく、人間の心も、大きいような気がしました。ここの所、「近くて遠い国」でしたが、安倍首相の訪中もあり、歴史的には大先輩の国でですから、仲良くすべきだと思います。
タイミングよく、来年はオリンピックの年ですから、私達も応援に行き、民間外交を促進したいものです。ただ、気になるのは「北京のスモッグ」です。中国も「青空運動」をしているようですが、このままでは、オリンピックの」命取りになるような気がします。杞憂に終れば良いと思います。(2007/1/24)

明日の未来を担う若人へ

安倍内閣が、取り急いで「教育基本法」を改正した。大学では「教養教育」が議論され、高校では「愛国心教育」が問題になり、小中学校では「ゆとり教育」や「いじめ」が槍玉に上がり、家庭では「親の躾」が強調されている。何れも尤もな事であるが、敗戦後、わが国では、祖国愛や忠孝心が薄れ、経済的に豊かになり、兵役義務がなく、国全体のタガが緩んで、全国民が低水準にある現在、小手先の掛け声で実効を挙げるのは無理である。 基本的には、わが子の人格教育は、親が全責任を負うべきで、高校や大学生になれば、子供が自覚して、自分で、知力も体力も磨くべできである..何もかも教師の責任にするのは酷で、教師は、あくまでも支援者である。昔は、20歳になると兵役義務があり、ここで体力と精神力を鍛え、秀才は挙って旧制高校に入学し、日夜を分かたず猛勉強をしながら、自由奔放な生活をして人格を磨きあげ、その他の人は、実務的な勉強をして、社会に貢献した。単純な懐古趣味ではないが、「ゆとり」や「格差」と暢気なことを言わずに、若い人は、何をおいても徹底的に勉強すべきである。そうすれば、自ずから教養が身につき、人格が形成され、国全体が緊張して、結果的に住みよい国になる。(2006/12/24)

ニートとフリーター

世間では、フリーターやニートが社会問題として話題になっている。正確な定義は難しいが、フリーターは、目標を持ちながら一時的に定職を持たないグループで、ニートは、職もなく、学校にも行かず、就労行動もしないグループと言われるが、要は、どちらも失業者グループである。 失業問題は、国の責任で対策を講ずる必要はあるが、考えてみると、その責任の一端は、国民や当事者にもあるように思う。評論家の中には、ニートやフリーターの肩を持ち、将来、彼等の中から有能な人物が出ると煽てるが、私は、彼等が、豊かで、兵役のない平和な社会に甘えて、怠けているように思えてならない。そして、私は、以前、東大の向坊総長が、新入生に対して行った講演を思い出し、彼等に聞かせたいと思った。総長は、「諸君は、大学にいる4年間で、将来、自分が、社会に役立つための進路を捜して欲しい。その助言は、私達大学側が全責任を持つ」と話した。既存のニートやフリーターは、自分達が怠っていた事を自覚し、社会に甘えることなく、自己の責任で早急に進路を決め、潜在のニートやフリーターである学生は、社会に出る前に、よく勉強して、早めに進路を決めて欲しいと思う。その気になれば、指導機関や資料は幾らでもある。自分の心掛け次第である。(2006/12/5)

万波医師の腎臓移植について

万波医師の腎臓移植について、賛否両論の意見が沸騰しています。私の友達にも、透析に苦しんでいる人、元気にゴルフをしている人、腎臓移植を待っている人等がおり、夫々の意見を持っています。ただ、彼等は、異口同音に「普通の生活をするためには、万難を排して移植を受けたいが、万波医師のやり方には反対です。医の倫理を確立した上で、公明正大にやって欲しい」と言います。三度のガンを生き延びたた私としては、皆さんの意見は優等生過ぎると思います。私は「死」や「苦」に直面する度に、倫理を無視しても、生きたいと思いました。この問題は、患者にとっても医師にとっても関係者にとっても、簡単には解決出来ない難題ですが、一日も早く、国や医学界が力を合わせて、「倫理帰阪」を確立し、公明最大に多くのドーナを集め、二十数万人の透析患者を救って欲しいものです。(2006/11/24)

景気の実感

NHKの「功名が辻」にあやかり、昨日から、一泊で、一人ぶらりと、犬山、長浜、彦根を周ってきました。夫々、歴史のある町で勉強になりましたが、それ以上に思わぬ余碌を得ました。
実は、ここの所、ずっと、政府や日銀が、「好景気」と言っていますが、私には実感はわきませんでした。しかし、今度の小旅行で、好景気の実感を得ました。行く所、何処も老人で溢れ、街では、トラックが走り回り、ビルや道路工事でごった返していました。小泉首相の功績とは思いませんが、喜ばしい実感です。 (2006/10/3)

その他

皇居を眺めて

最近、度々、所要で上京し、英国大使館の隣のホテルに泊り、朝晩、窓から、皇居を眺めていたが、その度に、何故、都心の一等地に、こんな豪壮な皇居があるだろうと不思議に思った。
敷地は、東京ドームの10倍、約4万坪、平成15年度の国有財産価額は2200億円だが、建造物、樹木などを加えると、実際の価値は天文学的な数字になる。皇居は、天皇一家の本拠であるが、外苑と北の丸公園は、市民の憩いの場として開放され、お壕の周りは、ランニング・コースとして人気がある。私は、天皇制に反対ではないが、万世一系の天皇が皇居に居住され、象徴天皇として君臨されていることが、時には、何か腑に落ちない感じがする。反面、一国民としては、天皇を心から尊敬し、崇拝する気持ちは高く、この点、自分自身、大いに矛盾を感じている。
都心の宮殿は、モスクワ、ロンドン、アムステルダム等にもあるが、その主が、時代を超越して国民の信望を集め、国の危機に際し救世主となるのは、世界史上、わが天皇だけで、極めて稀有な存在である。敗戦で、現人神から人間に返ったものの、マッカーサー元帥でさえ廃位出来なかった天皇制は、カリスマ性があり、神秘的で、神秘的で、その存在の根拠は判らないが、都心の一等地に居を構えられ、国民から崇拝されて、国家の平和と安泰の推進役となっておられるのだから、国の誇りとして尊敬し続けたいものである。
こう思うと、ホテルの窓から眺める鬱蒼とした皇居は、親しみが湧き、畏れ多いことだが、天皇家が身近になるような気がした。こんな所が、天皇に対する日本国民の平均的な考えだろうと、独りで納得している。(2007/8/24)

近くて遠い国 <講演依頼受付中>

中国と韓国は「近くて遠い国」と言われていますが、首相の交代で、門戸が開かれる気配がし、ほっとしている所です。 私達も、この機に、民間外交の一端を担って、互いに相手を知り合い、交流を図る必要があるように思います。 私は、以前から、北京とソウルに二人の友達がおり、一人は国際ジャーナリスト、他の一人はサラリーマンのOBで、これまで事ある度に、中国や韓国の実情を聞き参考にしてきました。 二人の友人は、ざっくばらな性格で、博学多才であり、面白い話題も豊富で、話を聞けば生きた国際勉強になると思います。もし、学校、自治会、老人ホーム等で、ご希望があれば、講師として紹介したいと思います。(2006/10/30 佐坂)